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昔は敷居が高かった

〔その38〕

平成10年10月号 第48号 中尾佐之吉

1.高い敷居のこと
 敷居とは戸・障子・襖(ふすま)の下にあって、それを開け閉めするための溝のついた横木とある(広辞苑)。
 昔から「敷居が高い」ということばがあり、ここでは玄関の敷居のことについて書かせてもらおうと思う。広辞苑によると「不義理または面目のないことなどがあって、その人の家に行きかねること」とある。
 
 しかし、ここで取り上げる「敷居の高さ」とは建築構造上のことである。〈写真1〉は最近まであった近所のお家の玄関である。玄関の戸は板戸と障子の二重になっているので、敷居の幅も広く大きい。しかも、敷居の高さが地面から20cmくらいあった。

〈写真1〉

2.敷居にあがって叱られる
 玄関であろうと家の中であろうと「敷居の上に乗ってはならない」…乗るという表現は柳田国男さんの著書による。
 誰でも守らなければならない行儀作法の基本ということになっていると思うのだが、幼児の頃の私にはこのような決まり(禁忌事項の習俗という見方もある)は知る由もない。
 他家で、草履を履いたまま玄関の敷居に上がって中へ入ると「こりゃこりゃ敷居はまたいで入るもんじゃが」と、そこのおばあさんによく叱られたものである。わが家でも玄関の敷居は同じように高かったが、たいていは敷居の高くない勝手口から出入りしていた。また、他家の勝手口から顔を出すことは台所に通じるから、こども心にも気がひけていた。
 幼い私には簡単に敷居をまたげなかったのであったが、行儀作法として他家のおばあさんでも、これを許してはくれなかったのである。

襖(ふすま)の敷居をまたぐ

3.今は、玄関の敷居も低くなった
 次の写真は、新しく建てられた同家の玄関である。玄関の引き戸は敷石に直に敷かれたレールの上を動くので、もう昔のような高い敷居はなくなっている。また、この地方の古い家でも玄関だけは新様式に改造されて敷居は低くなり、洋式の家の玄関はドア式になって敷居は姿を消してしまった。

〈写真2〉

 もう、こども達も「敷居へあがった」と叱られることはないであろう。しかし、私は再び見ることのできなくなった家とともに叱られた昔がなつかしい。
 「古い家のない町は思い出のない人間と同じである」というドイツのことわざがあるということだが、この町内では土地区画整理などで古い家は少なくなり、そして、思い出の川も橋もなくなってしまった。

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