本文へ

白鬚宮(しらひげぐう)御神徳 略記

御祭神 猿田彦大神

御由緒
 猿田彦大神(さるたひこおおかみ)は天孫降臨(てんそんこうりん)の時、天野八衢(あめのやちまた)に待ち迎えて、啓行(みちひらき)をされ、天孫を高千穂峰に導かれてから、天宇受売命(あめのうずめのみこと)に送られて、伊勢の五十鈴(いすず)の川上に来られ、ここを中心に広く国土を開拓指導された地主の神で、皇大神宮が伊勢の地に鎮座されたのは天上からの幽契(ちかい)によると古書に伝えられております。
 垂仁(すいにん)天皇の御代に皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が神宮鎮祭の地を求めて諸国を巡歴された時に、猿田彦大神の御裔(みすえ)の大田命(おおたのみこと)がお迎えして、大神以来守護して来た五十鈴の川上の霊域を献上して、伊勢の神宮を創建申し上げました。
 御神高い大神は、佐田大神、白鬚大神、道祖神、さいの神さま等として各地にお祀りされています。
 大神は古来物事のはじめに災害を祓い、万事最も善い方にみちびき給うとされ、特に地祭災除、建築、移転、開業、家業の繁栄、交通安全、旅行安全、開運等世の中の幸福の増進に御力をそそがれた人間生活の守護神であります。

沿革
 御野平野開墾の節、後小松天皇の応永八年(1401年)近江国に祀られていた白鬚宮を勧請して、社を中仙道末之島に創建す。
 その後、文亀永正の大洪水のため社殿は辰巳村に流れ、法華宗昌寺と申す寺で暫くの間は祀られていましたが、やがて寛永十三年(1636年)氏子相い計り、中仙道旧社地に社殿が建てられ、その後も境内整備、社殿の修復等が続けられて今日に至っています。

ー 以上、白鬚宮でいただいた資料を転載 ー

SNS 文字 ページトップ