中学生がフィールドワークにやって来た

投稿日:2021年5月9日

操南中学校の一年生が総合学習の一つとして自分たちの住んでいる地域をもっと知りたいということで、先日私達(萩原と瀬崎)が招かれて地域の成り立ちを話したことは先のホームページで紹介したとおりです。

今回は5月7日(金)に学区内を6コースに分けてフィールドワーク(現地調査)が行われ、操明学区には東側と西側の2コースに分かれて中学生約100名がやって来ました。
この日は時折小雨のぱらつくあいにくの天候でどうなるか心配しましたが、やってきた生徒達は空模様など気にしておらず皆楽しそうで張り切っていたので安心しました。コースも我々大人が考えていた道順と違うグループもいて、なるほどそれもあるかと気づかされました。
自分たちで考え行動することを彼らは学んでいるのでしょう。目を輝かせて質問し、知識を少しでも多く吸収しようと前日に下見をしたという子もいて感心しました。
まさに「百聞は一見に如かず」で、遊水池である四番川の広さや塩害を防ぎ排水路の機能を併せ持つ潮廻しの工夫を実際に見て、干拓工事当時の先人たちの知恵を肌で感じることができたと思います。また写真で見るよりはるかに大きい明治天皇上陸記念碑の圧倒的な威容などの史跡や、村の幹線水路であった三番用水や大用水沿いを帰った生徒たちは地神様や木野山様、赤い前垂れを掛けた地蔵菩薩などの里の神仏や88ヶ所巡りの祠を見かけたことでしょう。
フィールドワークの目的である地域の再発見や新たな気づき、地域の人たちとの交流を通じて操南をもっと好きになってくれたらいいですね。

操明学区の2コースは上記のとおり どちらのコースも最終目的地は操南中から約4Km先です。道中にどんな発見があるかな。

操明東手コースは四番川を目指し、1グループ4~5名で14グループが来ました

四番川南西角の堤防上に次々に集まって来ました。

操明西手コースは12グループ約50人が旧三蟠港を目指してやって来ました。

明治天皇上陸記念碑 地域の宝、大きいなあー、いつ頃誰がどうやって立てたのだろう。
何と書いているのかな、文中に伊藤博文と書いてる、初代内閣総理大臣だよ、よく知ってるね 当時の天皇は現人神(あらひとがみ)でそんな偉い人がこの地に上陸したのはなぜ ここがかって岡山の海の玄関と言われ栄えた三蟠港があったからだよ等々話しました。

写真  松井勉・細野英子  文責 萩原正彦

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:行事の様子

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