< 第 37 回 > 岡山市 下牧下谷地区の 風土記(2)   平成20年2月1日
会 長  : 西崎 國雄

       

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 1.稲 屋(とうや)祭 り

宮立ち 本稲人宅にて宮司と。
宮立ちの日。 本稲人宅で宮司と!


宮立ち。 宮司の修祓の後の供応。
宮立ちの日。 宮司の修祓の後、供応!


稲屋旗を先頭に、道中 太鼓を打ち鳴らして参宮。
稲屋旗を先頭に、道中 太鼓を打ち鳴らして参宮


弊殿での祝詞の儀式。
弊殿で、禮酒・祝詞の儀式


子供神輿の修祓、玉串奉奠。
子供神輿へ修祓、玉串奉奠


拝殿での直合(なおらい)
拝殿で、直合(なおらい)



古来、暮らしのあるところに「祭り」があり、祭りのあるところに「神」がありました。
祭りは、神と神を祀る者との生活の証でした。
神への奉仕と献納によって新たな生活が約束され、地域の結びつきを強める機能を持っていました。

その祭りの舞台裏を支えるのが「稲屋制度」と呼ばれる 祭りの運営システムです。
稲屋に選ばれた者は、祭りの影の主役として一切を取り仕切るが、1年間の精進が課せられます。
しかし、神に最も近い存在として、大変な名誉と誇りとされてきました。



下牧地区でも、松尾神社の祭りとして「稲屋祭り」が続いています。
神前で稲屋に指名され、受けた者(稲人)は翌年の祭りの日まで、1年間 神社を守る者として、毎月15日 境内を清掃・供花し、気持ちよく参詣を迎えます。
1月1日、3月15日、5月1日、7月15日、9月1日は「宮の当」といい、当番2名(稲人)と参拝し 清酒・赤飯をお供えし、参拝者に供応します。



稲屋は、下牧在住の男子が 一生に一回(50歳前後に)行うことができます。
昔はこれを済ますことで、町内で一人前の大人として 認められました。

最近は、行事の簡素化が図られているが、一年一度の祭りの楽しみとして、また 親交を深める場として続けられています。

松尾神社は368年の歴史があります。古来より行われている稲屋制度も、少子化の影響で稲屋の該当者が少なくなっています。
今の形も10年先には変えざるをえなくなることが考えられます。



以下は、昨年(平成19年)の稲屋祭りの模様です。

宵 祭(土:前日)
 (18:00〜22:00)
松尾神社の弊殿で、本稲人と次稲人は、清酒・赤飯・里芋を神前に供え、肝煎(きもいり)とともに 参詣者に供応します。



宮立ち(日:当日)
宮立ち当日の朝 本稲人宅へ、稲頭・稲人・肝煎・料理人が集合します。
宮司の修祓の後、酒・ママカリで供応します。
その後 松尾神社へ参宮します。道中は 稲屋旗を先頭に、太鼓を打ち鳴らしながら向かいます。



祭 事
 (11:00〜11:50)
弊殿において、禮酒(れいしゅ)、祝詞(のりと)の儀式を行います。
参加者は、宮司・本稲人・次稲人・稲頭(8人)・肝煎(3人)の14人です。



子供神輿に修祓・玉串奉奠
 (11:50〜12:30)
3町内の子供衆に、ミカンとお菓子を配ります。



直 合(なおらい)
 (12:30〜15:00)
拝殿で、本稲人に代わって、料理人が30〜50人の先輩稲人を 供応します。



仕上げ
 (18:00〜20:00)
稲屋宅では、稲屋を無事終了したお礼として、町内の人を招き 一家をあげて供応します。
稲人からお礼の言葉 → 長老の挨拶 → 乾杯 → 懇談と進みます。
最近では仕上げの二次会も行い、カラオケで盛り上がります。
参加者は 男女併せて50人前後になります。



なお、これらの稲屋祭りに係わる費用は、全て本稲人の負担で行われます。




 2.松 尾 神 社

松尾神社

左より、本殿・弊殿・拝殿




(詳細は、岡山市 下牧上谷 地区 の
風土記を 参照願います。)









松尾神社
松 尾 神 社


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