<第1回>   「中 原 の 歴 史」         平成17年2月1日
 記  :  池田 順行
  
 1.岡山市中原
現在の岡山市中原の地図

岡山市中原(おかやましなかばら)は、岡山市の北東 龍ノ口山の西に在り、集落の西は旭川 東はその昔旭川の本流であった河川敷に建てられた社会福祉法人 旭川荘の施設の建物が展開している。

その間に挟まれた、南北に細長い、戸数約300戸の集落です。
更に、北から上ノ原・中ノ原・下ノ原に分けて中原町内会の組織運営をしています。


町内には施設として、社会福祉法人 旭川荘の施設の一部(岡山市中原と岡山市祇園に跨っている)や、野菜集荷場があります。

神社仏閣では荒神様・地神様、お地蔵様を祀る石仏や祠・大師堂があります。

また旧跡として、岡山藩主池田家の御納涼所跡があります。


 2.地名の歴史

岡山市中原は、記録によると、中島新田村・中原新田村・中原村、そして岡山市中原となりました。


備陽記(1721年編纂)や、吉備温故秘録(1789〜1801編纂)には、中島新田村・中原新田村として記述されています。

備陽記を紹介しますと「此村古ハ中島新田村ト唱・此村川ノ中ノ島ナリ・御朱印外ノ地ナリ・高四百三十五石四斗八合・田畑畝二十二反三畝一歩半・家数三十二軒・男女三百廿人」と記述されています。



 3.中原新田村から中原村
江戸前期中頃の中原絵図
岡山大学附属図書館所蔵 江戸前期中頃の絵図
<上図をクリックすると拡大>

備陽記(1721年)では、中原新田村として紹介されているが、岡山藩主池田家の御納涼所記録(1757)には、中原村記とある。

以後も、中原村の名で記録されていることから、中原新田村を略して中原村と唱えるようになったと推定されます。


 .中原村から岡山市中原

御野郡牧石郷中原村として、明治維新を迎えました。

明治4年の廃藩置県・明治21年公布(明治22年施行)の市町村制により、中原村は、玉柏村・畑鮎村・金山村・原村と合併し、御野郡牧石村大字中原となりました。

明治33年に御野郡と津高郡が合併し御津郡となり、御津郡牧石村大字中原となりました。

昭和27年には岡山市に編入され、岡山市中原となりました。

 歴史を物語る地名
中原の区画図
         
<上図をクリックすると拡大>

現在も残る昔から伝え残された地名です
     (左図を参照、拡大表示)

上新田 安平開 林下 波戸端
前場 上ノ原 高三 五反地
菜園畑 土手外 明星 立道
中ノ原 曲地 東堤下 森下
荒神前 下新田 踏切 高畠
東畠 藪ノ内 平蔵藪内 墓守地
刻場 立通り 樋ノ上 下ノ原
墓上 東田 古屋敷 茂平地
長地 苗代 寺地 二ツ又
前平 大下 下田 下藪ノ内
高川原

 治水・利水の歴史
祇園用水路 流路説明図
岡山市立中央図書館 所蔵資料
上図をクリックすると拡大>

旭川の川中島であった中原は、備前平野の新田開発の水を確保するため、元禄5年(1692年)中原の上手に井関を設け、中原の東を流れる大川を締め切り、用水路(祇園用水路)がつくられました。

更に、昭和29年には、洪水から中原の地域を守るため、龍ノ口山の麓から下ノ原まで、旭川左岸堤防が完成しました。

しかし、用水路は計画されてはいましたが、実現出来ませんでした。そのため、水は地下水に頼ってきています。

その昔 名水 格の井(別名 柳の井・中原の清水)があったと伝えられていますが、その井戸は今はなく、その位置も分かりません。

 旧跡・御納涼所
お涼み所 絵図
岡山大学附属図書館所蔵 御納涼所絵図

池田継政公が詩を刻んだ石碑
「撮要録」より

御納涼所は、寛永9年 鳥取城主から移封され、第6代岡山城主(後期池田家初代)となった池田光政公が、特に賞愛されました。

以後も、歴代藩主は夏には岡山城から舟に棹して、お涼みと野遊びの場所として、足を運ばれたところです。

御納涼所には、建造物はなく、小高い丘の上に陣地形式の幕を張り巡らせて本陣を設営して、お涼みと野遊びの指揮所としていたようです。

今に残っているのは、宝暦7年(1757年)池田継政公が、芳烈公(池田光政公)の遺徳を偲び、この地を大切にするよう申し伝えて詩を刻んだ、石碑があります。

また、池田光政公は後水尾天皇から梅の木「花香実」を拝領し、現在なお若木が育っています。

その「花香実」を、御納涼所に植樹した経緯を書いた石碑が残っています。
この石碑の碑文は、岡山城主池田斎政公が文化14年(1817年)に、国学官 万波俊成に書かせたものです。

 
<碑文の写真は、ここをクリック>


また、明治21年(1888年)に御納涼所跡を石柱囲いにして、修復した絵図が池田文庫に残されています。







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