昔はコレラ、今はコロナ

投稿日:2020年7月20日

7月15日、木野山様(祭り)

操明学区の地は江戸時代の干拓地です。干拓当時は用水の水を飲み水としていました。そのため、人々はコレラなどの疫病に苦しめられました。(明治12年には県内で約9000人がコレラに罹り、約5000人の死者が出たそうです《岡山県大百科事典》。)そこで、神の加護に頼ろうと、備中の木野山神社から神様をお迎えし、村の入り口に祀りました。それが木野山様です。
以来、毎年7月15日と9月15日には村の男子小学生が木野山様(神輿)を担いで、「わっしょう!わっしょう!」のかけ声も勇ましく村の各家を回り、家人は木野山様(神輿)の下をくぐって無病息災を祈りました。また、日暮れには村人が木野山様前に集まり、お供えをして拝みました。この習わしが今でも続いており、毎年7月15日と9月15日には近隣の有志が拝んでいます。
以下は、下藤崎第1町内会と第2町内会の境(操明小学校の南約100m、三蟠用水沿い)に祀られている木野山様の祭りの様子です。今年は特にコロナウイルスが当地に入ってこないように拝みました。(令和2年7月15日)

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