沖新田八十八ヶ所

投稿日:2020年3月22日

操明学区には沖新田八十八ヶ所の一部があります。現存する最古の案内図は文化8年11月(1811年)に書かれており、江戸時代の後期には巡礼がなされていたと思われます。一番札所は江崎の献寿寺で一筆書きに沖新田を東に進み、吉井川を北に上がり金岡新田から砂川を西に、高浜新田を経て倉田新田を回り産業道路に面した倉田中島の八十八番札所で結願する順路となっている。戦後しばらくまでは春のお彼岸前後には各札所でお茶やお菓子のお接待もあり、盛大に巡礼が行われていたようで、最近でもたまにみかけることがあります。江戸時代には藩の許可なしに他国に出ることができなかったこともあり、四国霊場を模した新田霊場巡りは、当時の人々にとって日々の厳しい暮らしの中で、ささやかな楽しみだったと思われます。私も八十八ヶ所巡りをしてみましたが、江戸時代において国内最大の新田開発といわれるだけあって沖新田は思っていた以上に広大で、初めて見る風景や出会い、そして気づきがたくさんありました。皆さんも時間を見つけて札所巡りをしてみられてはいかがでしょう。数少なくなってきた干拓当時の原風景との出会い、お遍路姿の先人たちの息吹が感じられるかもしれません。札所に似たようなお堂や祠があったり、道路改修や札所そのものが新しくなって前と変わっていることもありますので案内図をよくみてください。案内図は操南公民館岡山ふれあいセンターに置いています。現地では札所の写真がとても役立ちます。希望される方には札所の写真集を差し上げますので窓口で尋ねてみて下さい。尚、資料切れ、不明なことがありましたら連絡して下さい。 連絡先 萩原 Tel: 086-277-7468


上図は平成5年5月、市内豊田の片岡俊男さん宅で発見された版木から刷り上げた案内図

上図は、案内図の一部分を拡大したもの

現在の地図上に分かりやすく88の札所と21の奥の院・番外寺が記されている。
下の地図は操明学区部分の拡大図です。

下記の写真は操明学区内にある11の札所と仕切土手に接してある3つの札所(操南分)

写真・文責 萩原 正彦

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