地蔵堂

古来より、丸端(まるはな)台地の一角に地蔵堂がある。丸端とは小字名で、県道28号線の海吉信号の北方約70メートルの倉安川北岸一帯のことだ。

瓦葺きのお堂の中には優雅なお優しいお顔の地蔵尊座像がお祀りしてあり、台座石の刻字によれば安政2年(1855年)とあるから、このお地蔵様が初代だとしても安政-満延-文久-元治-慶応-明治-大正-昭和-平成-令和の10代の御世をこの地から見守って来たことになる。

優しいお顔の出村のお地蔵様

同じような地蔵尊は近隣の集落にもあるが、現在高床式の専用の地蔵堂に鎮座しているのは海吉出村だけだ。

平成30年(2018年)1月、その地蔵堂の屋根が突然崩落した。経年劣化によるもののようだった。

時の町内会執行部と協議した結果「住民の喜捨(寄付)により再築する」ことになり、筆者が「出村地蔵堂再築期成委員会」の発起人(後に、期成委員会委員長)として微力を傾注することになった。

解体時に「地蔵堂再築寄附連名」と墨書した掛け札が発見され、それによれば今回崩壊した地蔵堂は大正9年(1920年)の再築とあるから、来し方を顧みれば初代のお堂は65年ばかり経ったところで再築され、以来第2代のお堂は98年の風雪に堪えてきたが遂に力尽き、このたび第3代地蔵堂平成の再築となった・・・ということになる。

平成の再築工事は、在所(海吉中村町内会)の田中工務店(田中知之棟梁)の設計・施工により行われ、平成30年8月25日には「出村地蔵村入魂・新地蔵堂再築落慶法要」を行い、寺社仕様で銅版葺き屋根の平成の地蔵堂再築が実現した。

再築成った平成の出村地蔵堂

総工費約183万円はすべて寄付金で賄われ、協力者は地元の地域団体・事業所が7件、一般世帯が547世帯であった。

これらの収支決算等事業の詳細は書面と写真に収め、塩ビパイプ製のタイムカプセルに密閉して、再築成った地蔵堂の天井裏に収納してある。

タイムカプセル収蔵品は次のとおり。

  • 事業基金勧進趣意書
  •   同  奉賛者芳名録
  • 事業完了報告及び収支決算報告書(回覧)
  • 関係写真一式
  • 感謝状写(対 田中工務店) 

また、お堂内には古来から(現在はまったく使われなくなった)大数珠(おおじゅず)一連が伝承されているが、今次再築を機に清拭~補修し、その“謂(いわ)れ”を記した資料をラミネート加工して添え、専用の小型コンテナボックスにいれて、これは御本尊の背面の間隙に安置した。

大数珠(おおじゅず)

古来から毎年8月には、町内の子どもたちが主役の地蔵祭り(地蔵盆)がこの地蔵堂の前で行われている。

2017年8月のお地蔵様祭りの様子

子どもたちが、例えば秋祭りや地蔵盆などの伝統行事を通じて地域の文化や伝統に触れ親しみながら、楽しい思い出づくりのうちにこの地を愛し、故郷を慈しみ懐かしく思う心を育みながら成長し、やがて将来異郷の地にあってもこの地を懐かしく想ってくれる・・・、そんな心のよりどころの一つとしてもこの地蔵堂を大切に次の世代へ守り伝えたいと思う。

(文責:小野田)

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