昭和20年代までは、どの家庭でも「炭」を燃料として使っていました。
どこの山のふもとにも 炭焼き小屋が立ち並び 煙がたなびいていました。
その頃 炭は、おもに燃料として使われていました。
おもちを焼いたり 味噌汁を温めたりしていました。
その後 燃料が木炭から石炭へ、石炭から石油へ さらに天然ガスへと変わり、炭は身の回りから姿を消してしまいました。
これにより、炭焼き業を営む人は少なくなり、多くの山村がさびれ、過疎化の引き金にもなりました。
しかし、平成の時代に入り、「地球環境問題」という言葉とともに 再び炭が注目をあびるようになりました。
燃料としての利用以外に、吸着作用による脱臭、床下の湿度調整、小川の水質浄化、土壌改良など さまざまな用途に使われるようになりました。
ここ鮎帰町内でも 最盛期の昭和30年頃までは(半世紀前)、6〜7基近い炭焼き窯があり、いたるところに白い煙が立ちのぼっていました。
それが 40年代になると ゼロにまで、激減してしまいました。
地域の先輩に 窯の作り方から 粘土と石(レンガ)で塗り固めて窯の焚き口作りなどを教わり、町内に窯を再興したのは平成12年です。
先輩は 村での炭焼きの貴重な 生き字引です。
私にとって、炭焼きは 最低の仕事であり、同時に最高の道楽です。
汗と灰にまみれます。そして金銭面からしても時代に合わない仕事です。
しかし 生活は自分のペースです。焼けた炭の色の美しさに接することが出来る事は 最高の喜びです。
炭焼き作業は、主に冬場に行います。点火から出来上がり(炭化)まで、およそ30時間かかります。
その間、追焚きをしながら 常時焚き口で火が燃ているように 火守りをします。
着火時の煙の色は 白煙ですが、やがて焦げ臭い刺激臭になり、最後は青色に変わってきます。
その後 煙の色が薄くなったら、煙突と焚口を密閉して、炭焼き作業の完了です。
密閉後、約1週間すると、炭を取り出すことが出来ます。至福の時です。
現在この窯で焼いているのは 黒炭(くろずみ)です。
コナラ・クヌギの炭は 茶の湯でよく使われています。
また、竹炭は脱臭用・観賞用としても使われています。
今後も 地球環境にやさしい素材の炭の有効活用ができればと考えています。
(写真の炭焼き風景は、夜間の撮影です)
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