半田山「牛神様」周辺の整備をおこないました
2023/06/03
5月28日(日)朝から、町内会役員により、半田山の中腹にある牛神様に行く山道の整備をおこないました。
午前8時、津島福居公会堂に町内会役員が集合。天津神社境内の脇から半田山を登り、現地まで歩いて行きました。半田山のなかに車が何とか通れるくらいの幅の道がありますが、その途中に、牛神様の案内板が立っている場所があります。そこから横に細い道を70メートルほど登ると、牛神様を祀った石碑があります。
今回、案内板の立つ入口から牛神様が祀られている場所までの細道を整備しました。道にパイプの手すりを取りつけ、歩きにくいところなどには階段を設けました。すこしは歩きやすくなったのではないかと思います。
とはいえ、斜面は急で足がすべりやすい道ですので、牛神様に行かれる際は、足元には十分注意して、手すりにつかまって登り下りされますようお願いいたします。
参加されました皆さま、たいへんお疲れ様でした。
牛神様について(牛神様の傍に設置されている案内板の解説より)
「江戸時代、福居の背後にある山を「津島山(現半田山)」と呼び、この土地に住む人々が共同で利用する「入会地」で、牛飼場や草刈り場として広く活用されていました。
牛は、古来、農耕、運搬と人々の暮らしに欠かせない神様的存在でした。
安政四年(1857)丁巳(ひのとみ)十一月「石碑」を建立し「神様(牛神様)」として祀られました。
村人たちは農耕牛の無事息災を祈願し家族の一員として大切にしていました。
江戸時代の岡山藩が、農業振興策の一つとして、農家に牛を飼うことを推奨し各村に一ヶ所ずつ、神様をまつる祠(ほこら)を設けたことが一因とされています。」