二日市町内会

■新着情報

    ■二日市町内会の紹介

     二日市町内会は、現在、世帯数91人口194人であり、瀬戸町内では小さい町内会です。

     歴史的な史跡や遺物は少ないですが、集落の形成は鎌倉時代にまでさかのぼるようです。

     吉井川の水運による物資の流通をもとにできた市場がもとになったものと思われます。

     17世紀の後半に池田藩により田原用水が開通しますが、少し遅れて18世紀の初め(1710年頃)二日市の真ん中を南北に流れる新川が開通し、これにより水田が開かれました。また、明治に鉄道が開通する前までは、市として都市的な役割も持っていたようで、大小の商店・造り酒屋・医院等があり、周辺の人が来ていたようです。

    昭和20年9月の洪水の後、堤防のかさ上げ・鉄橋の付け替えなどの大事業がおこなわれました。

    内田百閒の随筆に書かれている「曲がった鉄橋」は、橋脚が赤レンガ造りで、大変見応えのあるものでした。

    付け替え後は、コンクリートの橋脚で、味気なくなりましたが、ゆるくなったものの曲がった鉄橋として、鉄道マニアの撮影スポットになっています。

     また、番神道の敷地には、ムクノキ・スギの巨木がありますが、瀬戸町内で一番大きいモッコクの大木があります。

     なお、民族行事として「いのこもち」や、「牛神様」があります。「いのこもち」は11月の亥の日の晩、子供たちが一軒一軒をまわり、「いのこもち つかんやつは おにうめじゃうめ つののはえたこうめ」とはやしたて、お礼のお金をもらうというものです。「牛神様」は、昔は子供たちが麦わらを持ってきて、枯葉を切り、きれいにして牛神様の敷地まわりに堀のように並べていましたが、民族的にはかなり古い風習だったようです。8月23日の踊り祭りは、牛神様から会場まで灯篭を並べます。当日は雨が降っても踊らなければいけないと言われており、現在も続いております。

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