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とみやま点描
富山幼稚園の丸ポスト
富山幼稚園に通うお子さんやお孫さんのおられる方はご存知でしょうが、園庭西側に懐かしい円筒形の赤い丸ポストがぽつんと佇み、楽しそうに遊ぶ園児を見守っています。

水野園長や先生方にお尋ねすると「新型ポストの登場で使われなくなったものを、平成の初め頃、市の教育委員会の口利きで当時の郵政省から(幼児教育の一環として?)譲り受け設置したものらしい」とのことでした。
これは「郵便差出箱1号(丸型)」といわれるもので、昭和24年に登場し、同47年に出現した後継の「郵便差出箱1号(角型)」がとって代わるまでの20数年間街角で見かけられた、昭和世代の人々には懐かしい風物の一つです。
一度ボランティアの方々の手で色を塗り直したそうで、現役時代より少しピンク色がかって見えます。

近い将来、富山幼稚園に入園した子どもさんが「ママ、これな〜に?」と尋ねても若いお母さんたちには答えられない、そんな時代がもうそこまで来ているようです。

(文・写真:横地)
[ 2012年1月27日 ]
松並木の剪定
平成23年10月、曹源寺参道にある松並木の剪定作業が、「曹源寺周辺の環境を守る会」(会長:堀口 宗彦 曹源寺副住職)と「松風会」(円山境内の老人クラブ、会長:大江 基茂)の有志8名、それに曹源寺から3名の修行僧の協力も得て行われました。
【グループ紹介】 「曹源寺周辺の環境を守る会」のページを表示します。
剪定作業は、武野 篤・松岡成好の両氏が高齢をものとせずに樹高12mに及ぶ松の木に登って行い、整枝された参道は見違えるように明るくなりました。
曹源寺参道には、創建時からその両路側約200メートルに雄松が植えられ、現在では105本の松並木になっていて、県下でも珍しく県の郷土記念物に指定されています。
11月6日は、曹源寺の「開山忌」で大勢の参詣者が訪れ、また、「富山文化まつり」の開催日ともあって、訪れた学区内外の方々にはよい印象もって富山の名勝を楽しんでいただけたものと思います。
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| 剪定前 |
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| 剪定後 |
(文・写真:吉田)
[ 2011年11月13日 ]
倉安川改修工事
富山学区内の倉安川改修は、昨年に続き山崎地内の橋架け替えと周辺護岸改修及び円山・山崎地内の伏せ越し(残る2箇所の内1箇所)の2箇所が岡山市により行われました。
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| 改修前 |
橋架け替えは銀樋(神崎立川取水樋門)西の橋(橋名なし)で、上道郡倉安川絵図にはこの場所に橋はなくその後架けられたものと思われます。
古老によれば幅員の狭い石橋を改修前のコンクリート橋(写真左)に架け替え、住宅化に伴う緊急車両通行の安全性等から昭和50年代半ばにコーナー部の拡幅を行ったそうです。
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| 改修後 |
今回の架け替えは河積(川の横断面において、計画高水位以下の河川流水断面積)を確保するために行うもので、現場施工条件及びスラブ厚軽減からボックスカルバートを採用した二等橋(TL-14)で、幅員は架け替え前の3.5mから5.7mに拡幅され、路面は既設より約40cm高くなっています。写真右のように地覆は化粧型枠で仕上げブラウン色の高欄を取り付けた優美な橋となりました。
工事費は橋及び石積み護岸等々周辺関連工事を併せて3,300万円です。
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| 改修前の樋管 |
今回改修される伏せ越しは、円山橋(円山自動車学校入口バス停南の倉安川に架かる橋)西に位置し、上道郡倉安川絵図には『底樋』と記載されており、近辺の地盤高の関係から倉安川築造時に設置されたものと推測されます。写真左のように改修前の樋管は木製で両側と中央部を柱で支えた構造でした。
筆者は、これを見る度に幼い頃長老の指示で藁束を持って樋管の掃除をしたことを思い出します。
3箇所ある伏せ越しの中で一番断面が大きく内寸法が幅1.5m×高0.9mあり、円山橋以西嶽まで操山を含めた区域の雨水等がこの樋管に流下します。流入・流出側水路の関係から同じ位置に施工され、形状は昨年施工された伏せ越しとほぼ同形で、樋管は内寸法幅1.5m×高0.9mボックスカルバートのプレキャスト製品を10個(写真右)現場で接続したものです。
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| 改修中の樋管部 |
また、将来用として内水路から倉安川に600mmのバイパス管を新たに設けています。
主な現場工事は平成23(2011)年2月9日岡山市教育委員会文化財課の現地調査以降、既設構造物撤去・埋戻し・矢板圧入・底盤改良・掘削・樋管樋門バイパス設置・埋戻し・矢板引抜き・護岸復旧・周辺関連工事及び舗装と約160日を要しました。
工事費は4,700万円で行われています。
【関連ページ】 とみやま点描(倉安川の伏せ越し改修)
(文・写真:橋本)
[ 2011年7月27日 ]
酷暑にたくましい「ひまわり」の花
富山小学校前のバス停の20メートルばかり西に30本ばかりの立派なひまわりが育っていて、大輪の花を咲かせています。
県道沿いに、これと並走する用水との間の幅1メートルほどの約16平方メートルの空き地に植えられたひまわりは見事に成長し、根元近くの茎は直系が5センチ以上、背丈は優に3メートルを超えるのもあって、花径も30センチ超のものもあります。
根元にはコスモスが楚々と咲いていて、絶妙な取り合わせが道行く人の心を和ませてくれます。

いつもは雑草に覆われるこの場所で、見事なひまわりを育てたのは「とみやまエコクラブ」<「グループ紹介」参照>のみなさんで、4月25日に種を蒔き近くに住む会員の吉田節雄さんが中心になって手入れを重ねてきたものです。
吉田さんは、「とみやまエコクラブ」のほか、「富山の自然を楽しむ会」や民生児童委員としても活躍する一方、以前から火箸とごみ袋を片手に居住地周辺のごみを拾って歩く姿がよく見受けられ、学区民の称賛の的となっている方でもあります。


まだまだ続く暑い夏・・・、鮮やかに咲いたひまわりの花は、近くの小学校や幼稚園の子どもたちに、「暑さに負けず、頑張ろうね」と語りかけているようです。 吉田さんによれば、「この花が終わった後は種を採取し、”知恵の輪事務局”(倉敷市笹沖)に届けて福島県に送り、農地でひまわりを栽培し放射線物質除去に使用していただく予定」だそうです。
ひまわりで福島の農地を再生!!
土壌の放射線物質を根から吸収する能力がいくつかの植物にあり、中でもひまわりの吸収率が高く、最も高危険性がなくなるまで30年以上かかる土壌の放射線物質をわずか20日で95%以上も除去できたという結果が出ている。
※ 「知恵の輪事務局」資料より (別ウィンドウに表示します)
(文:小野田、写真:薄)
[ 2011年7月20日 ]
福泊の地蔵盆
8月23日夕、学区内のあちこちで地蔵盆(地蔵祭り)が賑やかなうちにもしめやかに執り行われました。
今回は、福泊の地蔵盆を紹介します。
福泊バス停脇にある地蔵堂には灯りがともされ、周囲には初盆の家から奉納されたものを含めて盆提灯30余灯が飾り付けられて、三々五々集まってきた町民がお堂の前に着席すると、午後7時から町内会長の挨拶と、この1年に亡くなった19人の新仏さまの紹介があり、続いて先達を務める石井長老の読経で祭儀が行われました。
福泊の地蔵盆は町内会の文化部が主宰して行われ、参拝者も大人が20数人、子どもが10人足らずといった状況でした。

富山学区で地蔵盆が行われているのは今回取材〜紹介した福泊のほか、海吉本村・中村・出村ぐらいのようで(福吉は「昨年まではしていたが・・・」とのこと)、町内会主導でしていたり子ども会の伝統行事であったりと、内容はまちまちのようです。
(文・写真:小野田)
[ 2010年8月24日 ]
輪くぐり祭
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| 石高神社にて |
富山学区内では石高神社が7月31日夜、吉備津岡辛木神社が7月31日と8月1日午前、それぞれに「夏越しの祓い“輪くぐり祭”」が行われました。
神社の随身門には直径2メートルほどの茅の輪が取り付けられ、「罪穢れを除き、日々の生活を振り返り、心身を清めてまた新しい明日を強く正しく生きようと」「いろいろな罪穢れを祓い清めるとともに、疫病から身を守り、傷病平癒を祈願」(前者は吉備津岡辛木神社の案内状、後者は石高神社のHPより抜粋)する善男善女が三々五々お詣りしていました。
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| 吉備津岡辛木神社にて |
(文:小野田、写真:小野田・薄)
[ 2010年8月2日 ]
命を落としかねない用水の落とし穴
富山幼稚園の西(福泊地内)の用水上に、今春コンクリートの構造物が姿を現しました。 (写真1)
これは、岡山市が平成21年度の倉安川改修工事の一環として施工したもので、倉安川の地下を通ってその北と南にある用水を結ぶ灌漑と防災目的の「伏せ越し=サイフォン」の吐口部(水が噴き出すところ)の樋柱(樋板を落とし込む溝のついた柱)なのです。(同じような役目の構造物は、倉安川の北側(円山地内)にもあります。写真2)

この福泊サイフォン改修工事については、「とみやま点描“倉安川の伏せ越し改修”」(平成22年3月23日)の記事をご覧ください。
【関連ページ】 とみやま点描(倉安川の伏せ越し改修)
この樋柱そのものにはなんら問題はないのですが、危険なのはその下にある「呑口」と「吐口」です。
福泊サイフォンの断・平面図

子どもが小魚を追って用水に入り、水深せいぜい20cmばかりの水のなかで戯れているとき、つい同じ平坦な川底と思って呑口(又は、吐口)に足を踏み入れるとそこはいきなり水深2.5メートル超の死の世界!、大人でも背が立ちません。
「ここから先は深い」などという看板も目印もなく、いきなり足元を掬われるわけですから、びっくりするは・・・掴まえるものはないは・・・で、助けに行った者も巻き添えになる溺水事故になりかねません。
これは平常時の危険ですが、強い雨が降るとサイフォンに水流が生じます。 すなわち、操山山系に降り注いだ雨は用水を増水させ、呑口から文字通り呑みこまれた水がサイフオンを通って吐口に吹き出すことになりますが、誤って呑口に転落でもしようものならサイフォンに吸い込まれて溺死することは間違いありません。
呑口にも吐口にも鉄製のステップが取り付けてはありますが、「人が落ちないための施策」は何もなされてはいません。(写真3)
小学校・幼稚園当局では「近寄らないで!」と指導したようですが、「怖いもの見たさ」は人間共通の心理です。 「近寄れない」施策こそが焦眉の急なのです。
富山学区交通安全対策協議会では、とりあえず通学路からの転落防止柵の新設を岡山市に要望しましたが、「呑口及び吐口周辺(片側最低10メートル)の用水へのグレーチング蓋掛け施工」等の抜本的安全対策が強く望まれるところです。
(文・写真:小野田)
[ 2010年7月21日 ]
その後、岡山市において改修工事がなされ、呑口及び吐口の全面に(約20cm角の)鉄格子がはめ込まれました。
これで、誤って深みに転落する虞(おそれ)はなくなり、市当局の施策に感謝です。
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| 吐口全面にはめ込まれた転落防止の鉄格子 |
(文・写真:小野田)
[ 2012年1月28日 ]
操陽南山町内会集会所

| 所在地 | 岡山市中区湊1345-72 |
|---|---|
| 敷地面積 | 約280平方メートル |
| 建物面積 | 約132平方メートル |
| 構造 | 木造 瓦葺き 2階建て |
| 竣工 | 昭和59年12月 |
| 所有権 | 土地 = 岡山市 建物 = 町内会共有 |
町内会発足後約12年を経て、寄付を募って立派な集会所が完成しました。1階は和室10畳二間とキッチン、2階はフローリング24畳一間です。
近頃の利用状況はかなり低調になり、毎月1回の区長会、週1回の囲碁クラブ・クラフトの会・卓球クラブ、年1回の子ども会行事と暮れの餅つき、資源化物の収集ステーションなどに使用されています。
町内会としてはもっと多くの会員の方々に利用して頂き、若者共々ふれあいと憩いの場にしたいと願っており、そのためにも若きリーダーの出現が待たれる昨今です。
(文:平井、写真:小野田)
[ 2010年7月7日 ]
グミの実が熟れました
多くの木の実が秋に熟するなかで、初夏の風物として登場するのがユスラウメやグミです。
そのグミの木が富山コミュニティハウス玄関脇の植え込みにあり、今年もみごとな実をつけました。
当地では「グイビー」とか「ギービー」などと呼ばれますが、戦中・戦後の甘いものに飢えた年代の者にとっては、田植えの間に間に食べたあの甘酸っぱいような、少し渋みのある味を懐かしく思い起こします。ときは移ろい、いまどきの子どもたちは野生の木の実などは食べなくなってしまったようで、今ではカラスや小鳥がついばみに来ています。

(文・写真:小野田)
[ 2010年6月7日 ]
円山連合町内会公会堂

| 所在地 | 岡山市中区円山24−2 |
|---|---|
| 敷地面積 | 93.78平方メートル |
| 建物面積 | 74.65平方メートル |
| 構造 | 木造モルタル2階建(1階倉庫 2階集会所) |
| 竣工 | 平成4年3月(建替) |
| 所有権等 | 土地 = 円山浜倉町内会 会長名義 建物 = 未登記 |
| 使用町内会 | 円山境内 円山宮西 円山中央 円山浜倉 円山団地 円山外新田 (6町内会) |
(文:加藤、写真:薄)
[ 2010年5月22日 ]
ハンカチの花
岡山市中区海吉1882−16(出村町内会)の赤松康弘さんの家に、めずらしい「ハンカチの花」が咲きました。 赤松さんによれば・・・、
今を去る20数年前、赴任中の英国の古城を見学中に、とある木を見た妻が「あら、あの木にはハンカチがぶら下げてあるわ〜」というので近寄ってみると、なんと「Handkerchief Tree(正式な名前はDavidia)」と書き記してありました。10年以上、樹高2メートル以上になると花をつけるという珍しい木です。
12年ばかり前、岡山市内の園芸店で「ハンカチの木」の苗木に再会し、即、購入して庭に植えて成長を楽しみに眺めていましたが、今年初めて花を咲かせました。
ハンカチに見えるのは“苞”の部分で、その真ん中に花をつけます。
初めはハンカチも小さく、色も葉の色と同じ緑色ですが、ハンカチの部分が大きくなるにつれて黄緑色からほとんど白い色になり、最後は落ちてしまうそうです。
わが家のハンカチの木は、まだ葉の色が黄緑色で小さいのですが、日に日に白く大きくなりつゝあります。
先日の強風で少し花が傷みましたが、ご覧になりたい方はお早目にどうぞ。観賞歓迎!です。
| (注) | この記事は、赤松さんが海吉出村電子町内会の会員ページに投稿されたものを、 富山学区連合電子町内会の「とみやま点描」に転載〜紹介するものです。 |
|---|
(紹介:小野田、原文・写真:赤松)
[ 2010年5月4日 ]
倉安川の伏せ越し改修
倉安川の利水・治水・環境整備を目的として、平成12年度から護岸改修・橋梁改修・川底の浚渫等平成の大改修が行われているなか、現在円山・福泊・山崎地内に3箇所ある伏せ越し(別名:逆サイフォン)の1箇所(円山・福泊地内)が岡山市により改修されています。
この伏せ越しは、上道郡倉安川絵図(安政3年(1856年)調之・岡山大学所蔵 池田家文庫)に『坑内悪水抜底樋』と記載されており、それ以前に築造されたものと思われます。(因みに倉安川は延宝7年(1679年)2月〜8月に開削・築造)
既設の伏せ越し(写真右)は、流出側上石の刻字から大正3年(1914年)4月据替されたもので、内寸法が幅0.65 m×高0.50 mで、胴木を並べた上に石組し、目地にモルタルを詰めた構造でした。

現在(平成22年(2010年)3月)改修されている伏せ越し(写真左)は、既設より約18m東寄りに鉄筋コンクリートで築造されており、上図のような形状をしています。
ボックスカルバートは厚さ20cmで9分割されたプレキャスト製品を現場で繋いで一体化しています。
なお、円山・山崎地内の伏せ越し2箇所については、現在設計中だそうです。
【関連ページ】 とみやま点描(倉安川改修工事)
(文・写真・図:橋本)
[ 2010年3月23日 ]
福泊公会堂

| 所在地 | 岡山市中区福泊(字外前田)245−3 |
|---|---|
| 敷地面積 | 174.33平方メートル(約52.8坪) |
| 建物面積 | 120平方メートル(約36.3坪) |
| 所有権 | 土地 = 岡山市 建物 = 登記なし |
昭和の初めより使用していた福泊バス停南にあった「福泊集会場」が手狭になり、昭和49年に町内会員の拠出金により現在の場所に建築されました。
福泊町内の各種会議の他にも、グループ活動「子供会・さわやかサロン月例会」と他の町内会懇談、毎週のパトロール拠点などに活用されています。
(資料提供:福泊町内会)
[ 2010年2月28日 ]
円山団地集会所

| 所在地 | 岡山市中区円山486−20 |
|---|---|
| 敷地面積 | 128.45平方メートル 約38.9坪 |
| 建物面積 | 35.54平方メートル 約10.77坪 |
| 構造 | 木造平屋建・トタン葺 |
| 竣工 | 昭和47年2月28日 |
| 所有権 | 土地・建物 = 岡山市 |
円山団地集会所は、岡山市が昭和47年に建設しました。
築後36年を経て一部改修工事が必要になり、平成21年6月に円山団地町内会がトイレを水洗にして市下水道に直結したほか、冷暖房、トタン屋根の塗装、出入り口の手すりの取り付け等の屋内外改築工事を行いました。
現在は会合、囲碁、サークル活動等で円山団地町内会の多くの方が集い親睦を深めています。
(文・写真:實村)
[ 2010年2月3日 ]
福泊川東集会所

| 所在地 | 岡山市中区福泊(字東二反地)11−102 |
|---|---|
| 敷地面積 | 259平方メートル |
| 床面積 | 71.28平方メートル |
| 構造 | 鉄骨スレート葺き、平屋 |
| 所有権 | |
| 土地 | 昭和48年当時、宅地開発をした両備ホールディングス鰍謔阮ウ償提供され、町内会の代表者3人の共有名義としていましたが、平成14年7月1日付で町内会を法人化し、福泊川東町内会所有となりました。 |
| 建物 | 昭和49年4月の福泊川東町内会の設立を機に、町内会会員の拠金により昭和53年7月に竣工し、福泊川東町内会名義となっています。 |
| 利用状況 | 町内会の各種会合のほか、シルバークラブや子ども会の行事、ストレッチ運動、古着を使った布草履作り講座などに、友好・親睦の場として活用されています。 |
(文・写真:藤田)
[ 2010年1月27日 ]
クリスマスイルミネーションの家
海吉福吉町内会地内(公会堂の東隣り)に、クリスマスイルミネーションの瞬くメルヘンの家があります。
民生児童委員で幼稚園や保育園のボランティア先生をしている山本亮輔さんのお宅で、毎年この時期になると門、庭の立木や植え込み、家の外壁一面に趣向を凝らした何百何千灯もの多彩なイルミネーションが瞬き、庭内には振動センサーに連動したクリスマスソングも流れて、みごとに幻想的なメルヘンの世界が創出されています。
光り輝くペガサスが天に昇って行ったり、かわいいサンタさんが落下傘で降りてきたりする仕掛けもあって、アイディアマンの山本さんの面目躍如です。
年に1回お正月に帰省するお孫さん(6歳と3歳)たちのためにと、5年ばかり前から本格的なデコレーションに取り組み、12月半ばころから年始のころまで点灯していて、近年は学区内外からひと冬に延べ200人超が見学に訪れるそうです。


(文・写真:小野田)
[ 2009年12月23日 ]
山崎本町公会堂

| 所在地 | 岡山市中区山崎字前田86番地1及び87番地 |
|---|---|
| 敷地面積 | 158.90平方メートル |
| 建物面積 | 92.80平方メートル |
| 構造 | 木造瓦葺平屋建 |
| 竣工 | 昭和49年5月30日 |
| 所有権等 | 土地 = 町内代表者(3人)の共有名義 建物 = 登記なし(維持管理は山崎本町町内会) |
| 建築費 | 6,550,000円 |
[建設経過]
| 昭和48年 9月 1日 | 山崎公会堂建設委員選出(6名) |
| 昭和48年10月 1日 | 用地測量 |
| 昭和49年 1月10日から | 旧公会堂取り壊し |
| 昭和49年 2月23日 | 建設仕様最終決定の委員会開催 |
| 昭和49年 2月27日 | 建前(上棟) |
| 昭和49年 5月30日 | 建物引受 |
| 昭和49年 7月15日 | 公会堂新築披露 |
旧公会堂は、板の間の集会場と秋祭りの祭具(楽車・額)・手押し式消火ポンプ及び用水期に使用する樋板等を格納する倉庫を有する木造瓦葺平屋建てで、現在の公会堂より小さいものでした。
村民の集いの場として、また昭和20年6月29日の岡山空襲で負傷した旧市内の大勢の人の治療所として使用されたそうです。
老朽化及び市街化による世帯数の増加で建て替え要望が強まり、公会堂建設委員を選出し配置・形状及び仕様等々検討して建設しました。
建設資金は町内元農業関係者18名の拠出によるものです。
当初は、町外の各種団体も使用していましたが、現在は「山崎本町公会堂管理運用規定」に基づき、町内関係者以外の使用を制限しています。
公会堂前に立つ半鐘塔は、昭和20年代に設置されたもので、一部の鋼材は再利用品で緩やかな曲線を描いて立つ形は、設計者であり且つ元町内会長の技術力が偲ばれます。
時代の経過とともに現在は、半鐘塔よりも町内放送塔として利用しています。
公会堂と同じ敷地内(国有地)に建つ左3基の供養碑(写真左)は大覺大僧正並びに三十番~をお祀りしたものです。
右側の石碑は、村中安全五穀豊穣成就を願い岩戸雄太郎(現岡山市北区奥田本町在住の岩戸 顯の曾祖父)が明治41年3月20日に建立したものです。
現在は毎年5月3日(憲法記念日)に町内有志により「しぐさんにち」(大覺大僧正の命日 舊歴4月3日)と称し、大覺大僧正並びに番~様を祀り併せて町内の安全及び五穀豊穣等を祈願しています。
(文・写真:橋本)
[ 2009年10月29日 ]
海吉福吉公会堂

| 所在地 | 岡山市中区海吉2159−5 |
|---|---|
| 敷地面積 | 189.55平方メートル |
| 建物面積 | 93.98平方メートル |
| 構造 | 木造・平屋 |
| 竣工 | 平成18年7月 |
| 所有権 | 土地 = 岡山市(安全安心ネットワーク推進室) 建物 = 海吉福吉町内会(法人格) |
現在の公会堂ができるまでは、同じ場所に木造・平屋の建物がありましたが、屋根の雨漏りなど建物の老朽化が進んでいました。
平成17年の2度の大きな台風がきっかけで、建て替えの機運が高まり各班からの寄付を集めて、翌年18年7月15日に落成式を行い現在の公会堂に建て替えられました。
現在の公会堂の利用としては、町内の有志が集い毎週水曜日には卓球の練習、金曜日には銭太鼓の練習を行っています。


卓球は、公会堂の広さを利用して2面の卓球台を設置し、大勢の歓声の中で夜遅くまで練習をしています。練習の成果により、学区の卓球大会では毎年優秀な成績を収めています。
銭太鼓は、「海吉福吉銭太鼓クラブ」の10名程度が活躍しており、学区の盆踊りや町内のさくらまつりなどで腕前を披露しております。
町内の多くの人たちに親しまれ、さまざまな触れ合いの場として活用されています。
(文・写真:川畑)
[ 2009年6月24日 ]
海吉出村公会堂

| 所在地 | 岡山市中区海吉中之町1951番地 |
|---|---|
| 敷地面積 | 242.71平方メートル(約73坪) |
| 建物面積 | 約83平方メートル(約25坪) |
| 構造 | 木造・平屋 |
| 竣工 | 昭和40年ごろ |
| 所有権 | 土地 = 岡山市(安全安心ネットワーク推進室) 建物 = 登記なし |
海吉出村公会堂については、海吉出村町内会のWebページ「出村スポット」に詳しく紹介されていますので、そちらをご覧ください。
海吉出村町内会のWebサイト(別ウィンドウで表示します)
[ 2009年4月14日 ]
倉安川の鴨のつがい
海吉本村〜中村地区を流れる倉安川に、カモの番(つがい=夫婦)が住みついて話題を呼んでいます。
地域の方々の話を総合すると、次のようなことです。

- マガモのつがいに相違ない。
- 平成17年の秋ごろ、雄1羽、雌1羽、幼鳥(雌)2羽の計4羽で倉安川に飛来
平成18年秋には、雄1羽、雌2羽に
平成19年秋には、雄1羽、雌1羽となり現在に至る。 - 倉安川での行動範囲は、普通は出会橋(本村)と新世紀橋(中村)の間を行き来しており、たまに柾木樋門や富山橋方面まで足を延ばこともあるようだ。
特に、中村橋下の百間川右岸用水の清水が注ぐところや、海面橋(本村)下の流れがお気に入りの様子 - 夏は、水田のなかで戯れていることもある。
- 一年中、倉安川周辺で過ごしており、“渡り”はしていない。
- 餌は自然なものが多いようだが、通行人や住民が与えるドッグフード、キャットフード、せんべい、クッキー、パン、ご飯など多彩な食事をしているが、どうやらキャットフードがお気に入りの様子
- 平成18年より産卵を繰り返しているが、ことごとくカラスに喰われてしまっている。
平成19年秋には、本村町内会のTさん宅の庭に産卵し、Tさんは仮設の小屋を作って抱卵の安全を図ったが、ちょっとした隙にカラスにやられたという。
今シーズンは、まだ産卵の情報はない。 - 平成17,18年のころはよく人に慣れており、庭先までやってきて大きな声で餌をねだったり、人の手の上の餌をついばむほどだったが、心ない人が石を投げたりしたため警戒心が強くなり、昨今は川からはあまり上がってこなくなっている。
筆者がシャッターチャンスを待っていると初老の婦人が通りかかり、わが孫に話しかけような口調でやさしく語りかけていました。
いずれにせよ、これは地域のみなさんの温かい心に抱かれ見守られて、心地よく人里に住み着いた野鳥の珍しくも心温まる話題で、みなさんもぜひ一度見においでください。
(取材:佐藤、文・写真:小野田)
[ 2009年3月26日 ]
光ヶ丘団地集会所

| 所在地 | 岡山市湊451 |
|---|---|
| 敷地面積 | 40平方メートル(約12坪) |
| 構造 | 鉄骨・プレハブ造・平屋 |
| 竣工 | 昭和51年 |
| 所有権 | 岡山県 |
県営光ヶ丘団地建設時に築造されましたが、当時は自治会もなく利用はきわめて低調でした。
近年になって、地域の子ども会・PTA・自治会などの活動拠点として利用されてきましたが、最近は子どもの数も少なく、住民の高齢化も進み、現在ではまったく使用されていません。
県の担当者が時おり点検にきているようですが、築後三十有余年を経て傷みもはげしく、“廃屋”然とした佇まいはコミュニティの現状を象徴しているようで寂寥感さえ感じられます。
集会所のすぐ東には遊園地があり、学区防災計画では湊光ヶ丘の「一時避難場所」に指定されています。
(文:眞野、写真:小野田)
[ 2008年12月30日 ]
海吉中村公会堂

| 所在地 | 岡山市海吉(字荒神)885番地 |
|---|---|
| 敷地面積 | 115平方メートル(約35坪) |
| 建物面積 | 69平方メートル |
| 竣工 | 昭和61年 3月 |
| 所有権 | 土地 = 岡山市 建物 = 登記なし(中村町内会共有財産) |
現在の公会堂ができるまでは、同じ場所に木造瓦葺き二階建ての建物があり、戦後間もないころまでは1階は消防ポンプ置場、2階は集会所となっていました。
その後、1階は一時期籾すり場として使われたこともありましたが、建物の老朽化が進み、住民の拠金により昭和61年に現在の公会堂に建て替えられました。
平成19年度の公会堂使用実績は、町内会、友の会、子ども会などの諸行事で35回〜延べ708人が使用しています。
公会堂は倉安川沿いの市道に面し、すぐ前に架かる“ふれあい橋”の向こうは富山中学校の通学路となっており、朝夕は生徒の明るい声が行き交っていますが、この公会堂が更なる“ふれあい”の拠点として活用されるためのハード面の整備充実が望まれます。
(文・写真:藤原利男)
[ 2008年12月3日 ]
コミュニティ協議会の倉庫完成
富山学区の各種団体は、長年倉庫代わりに使っていた旧幼稚園舎の解体〜撤去に伴い、それぞれの管理物品の保管場所に困っていました。
安価で、堅牢で、使用に便利で、しかも建設が簡単・・・をアイテムに検討した結果、旧幼稚園舎跡地(富山学区コミュニティ協議会が管理)に組み立て式の鋼板倉庫を建てることになり岡山市へ建築確認申請を提出、基礎工事は地元の建設業者にお願いしました。

建築許可も下りた11月19日、朝8時にボランティア素人建築士10名が集まり、「あゝでもない」「いや、こうだ」などと組立図片手に試行錯誤を重ねながら奮闘し、午後3時過ぎにはみごとに倉庫を作り上げました。
この倉庫はコミュニティ協議会のほか、連合町内会(防災、防犯を含む)、社協、文化まつりなどの関係物品の保管に使用されることになっています。


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| (後列) | 黒田智昭 湯浅一弘 佐藤孝章 小幡周一 小野田利正 |
| (前列) | 實村 貢 佐藤泰彦 杭田 洋 笠原一郎 小野田吉宏 |
| (向って左から、敬称略) | |
(文・写真:小野田)
[ 2008年11月23日 ]
小さい秋、み〜つけた
海吉出村町内会のTさんのお宅では、10年ばかり前に植えたアケビがたわわに実をつけました。
アケビの蔓(つる)が庭の入り口にアーチ状に設(しつら)えてあって、花の時期に竜の口の山から採ってきた花粉で人工授粉したところ、こんなにたくさんの実が生ったそうです。
山遊びなどとは疎遠な近頃の子どもたちに見せると、「なに?これ」「おイモでしょ」という始末。
甘いものが乏しい時代に育った年代の者にとっては、懐かしい秋の風物と味覚です。

(文:小野田、写真:村田)
[ 2008年10月22日 ]
稲刈りが始まる
稲刈りが始まりました。
円山の山田庄八さんの田んぼは、2反(約20アール)。6月に田植えした稲穂が黄金色に実っていました。10月13日、朝露が落ちるのを待ってからコンバインに乗って、「ヒノヒカリ」の刈り取りを始めました。今は、昔と違って、刈り取りから車に積み込みまで一人で出来るようにしています。
山田さんは、「今年は天候が良く収穫は十分」と言われていました。

この日、海吉でも稲刈りが行われていました。
これから、富山学区などの県南では、「ヒノヒカリ」から始まり「朝日」「あけぼの」などの品種の刈り取りが11月まで続きます。
(文・写真:山田)
[ 2008年10月15日 ]
酔芙蓉(すいふよう)
海吉本村町内会の佐藤会長のお宅へ伺ったとき、「これが酔芙蓉という花です」と教えてもらいました。
なんでも、午前中は純白の花が、午後になると段々とピンク色になり、夕方にはすっかり紅色に変わるとのこと。
ちょうどお酒に酔ってだんだんと顔が赤らんで行く人のようだと、「酔芙蓉」の名がついたようです。
下の写真は、その変化する花の色を撮ったものですが、半日ですっかり装いを変える花の不思議に魅せられました。

逆光になったりするので全部が同じ花ではありませんが、同じ木に咲いた花は同じように“酔い”が進んで行きました。
翌日には紅色のまましぼんでしまうそうで、私たちに「呑み過ぎはいけませんよ」と教えてくれているような、まことに示唆に富んだ酔芙蓉の花です。
(文・写真:小野田)
[ 2008年9月6日 ]
池の内公会堂

| 所在地 | 岡山市湊485−5(池の内大池の西河畔) |
|---|---|
| 敷地面積 | 87.02平方メートル(約26坪) |
| 建物面積 | 51.34平方メートル(約16坪) |
| 竣工 | 平成9年9月30日 |
| 所有権 | 土地 = 岡山市(河川港湾課) 建物 = 湊池の内町内会(代表名義:西山金弥) |
池の内公会堂は、平成9年までは池の内大池東北の県道沿いに建っていましたが、道路拡張にともない現在の場所に代替地を得て移転しました。
春は、桜吹雪の舞う景勝のウォーターフロントに建つ木造平屋・モルタル壁の瀟洒な造りで、玄関の看板は恩徳寺(岡山市沢田)の住職の揮毫によるものです。
池の内町内会の各種行事に使用されるほか、公会堂を持たない近隣町内にも使用の便宜を提供するなど、善隣友好の拠点ともなっています。
(文:西山、写真:馬場)
[ 2008年9月6日 ]
消えた歴史の証人
平成20年8月6日、福泊のコミュニティハウスの北にあった富山幼稚園の旧園舎(別ウインドウ「平面図」参照)が解体〜撤去され、姿を消しました。
これを機会に、富山幼稚園とこの建物の来歴を辿ってみたいと思います。
この建物は、「経過概要」(別ウインドウ)にもあるように、中央公民館の富山分館として20数年、それ以前には富山幼稚園舎として8年間使用されてきましたが、老朽化が進み、ついに取り壊しの運命となりました。
この幼稚園舎を巣立った8期〜300人余の善男善女たちはいまや回顧と郷愁のよりどころを失い、あるいは時の流れに非情と虚無感を覚えることでしょうが、これも時代の変革と要求によるところであり、致し方ないところでしょう。
その跡地には倉庫が建設され、余剰の地積はコミュニティハウスの駐車場として整備されることになっています。
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| 在りし日の旧幼稚園舎 |
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| 園舎東での卒園記念写真(昭和38年) |
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| 園舎正面玄関 (左下方に、路地廊下の石段が残っている) |
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| 更地となった園舎跡地 (手前のフェンス囲いは、コミュニティハウスの浄化槽) |
(文・写真:小野田、資料協力:岡山市立富山幼稚園・岡山市立中央公民館)
[ 2008年8月17日 ]
海吉本村公会堂

| 所在地 | 岡山市海吉1551 |
|---|---|
| 敷地面積 | 126.78平方メートル |
| 建物面積 | 62.74平方メートル |
| 竣工 | 昭和48年2月3日 |
| 所有権 | 土地 = 当時の町内の代表者(二人)の個人名義 建物 = 登記なし(町内会共有財産) |
伝承によれば、現在の公会堂は二代目です。(三代目説もあります)
初代公会堂については詳しい資料は何一つ残っていません。古老の話では「和洋折衷の二階建瓦屋根で畳敷き、二階にはバルコニーのある、瀟洒な建物だった」そうです。
いつごろの建造かはさだかでありませんが、先代小野田千代次翁(明治40年没)が私財を投じて建て、往時は本村集会所と呼ばれていました。
時は流れ、その集会所も傷みが進み、昭和40年代半ばに取り壊されて、現在の公会堂に建て替えられました。
町内のいろいろな行事に使われるのはもちろんですが、大晦日には町内の有志多数による忘年会が開かれ、除夜の鐘を合図に、こぞって氏神様へ初詣するという良い習しがあり、いまや伝統行事になっています。
前庭には、二代目小野田千代次翁(昭和46年没)の頌徳の碑が建てられています。
(文・写真:佐藤)
[ 2008年7月20日 ]
盛徳院に咲く“沙羅双樹”の花
円山の盛徳院には広く一般に沙羅双樹(さらそうじゅ)と言われる木があり、6月の下旬ごろ白い椿(ツバキ)に似た花をつけます。(この写真は、昨年の夏撮影したものです)
実は、この木は「夏椿」で、本来の沙羅双樹は日本の風土では育たないと言われています。
が、本当の沙羅双樹もこの夏椿とよく似た花が咲くことから、沙羅(しゃら)の木、転じて沙羅双樹と呼ばれるようになったようです。
沙羅双樹は、釈迦が亡くなったときに近くに生えていたことで有名で、「平家物語」の冒頭の文に出てくることでもよく知られています。
祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理(ことわり)をあらはす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
ものの本によると、ここでの”沙羅双樹”もおそらく「夏椿」のことをさしているとのことですが、ともあれ、古刹の夏の庭に静寂を醸す清楚な白い花に釈迦の教えを偲ぶのも、また結構なことではありませんか。
(文:小野田、写真:薄)
[ 2008年6月10日 ]
自動車学校にいた「二宮金次郎」
円山の自動車学校に二宮金次郎の像があると聞き、梅雨の晴れ間に訪ねてみました。
二宮尊徳(金次郎はその別名)は、江戸時代後期に「報徳思想」を唱えて、「報徳仕法」と呼ばれる農村復興政策を指導した農政家・思想家ですが、相模国足柄上郡栢山村(現在の神奈川県小田原市)に農 民の子として生まれ、貧しい少年時代を過ごしました。
彼は朝から晩まで真面目に働いていましたが、「本を読む時間があったらその分働け」というわけで家では勉強させてもらえず、そこで立像にあるように、草鞋(わらじ)を履き薪を背負っての道中に本を 読んで勉強した・・・というのです。
おそらくその勤倹勉励する姿が修身教育のお手本としてふさわしいと考えられ、日本中の学校に銅像などの立像として建てられたようで、旧富山小学校の玄関に向かって左の台座に立っていた金次郎も実にみごとな備前焼でした。
しかしながら、小学校取り壊しのどさくさで行方不明になったようで残念です。
円山自動車学校の正門を入ると右脇の植え込みの中に、懐かしい金次郎さんが立っていました。
古老のYさん(80歳)の話によると、「わたしが幼稚園のころにこの自動車学校の建設が始まり、開校(昭和13年)当時から金次郎はあそこに立っていて、空襲にも遭わず、焼き物だから供出にもならず、自動車学校の来し方を見守ってきた」とのことです。

近年は、「児童が像の真似をして、歩きながら本を読んだりすると交通安全上問題がある」などという理由から(?)小学校では見られなくなってしまいましたが、今日は60年余ぶりに懐かしい方にお会いしたような気分になりました。
(文・写真:小野田、協力:岡山(円山)自動車学校)
[ 2008年6月6日 ]
嶽公会堂
嶽公会堂は、大正、昭和、平成の三代〜八十有余年の長きに亘り、嶽地域のコミュニティーの場所としてその時折々の問題を解決し、町内会員親睦・交流の場として活用されてきました。最近は老朽化が進み、「岡山で二番目に古い公会堂」の汚名?を頂くまでになったこともあり、町内会の総意により建て替えることになりました。
年の瀬も押し迫った平成19年12月28日に地鎮祭が執り行われ、新装なった「嶽公会堂」の雄姿を夢に描きながら、工事の進捗状況を見守ること3ヶ月余、ついに4月上旬仮引渡しの運びとなりました。
鉄骨平屋造り・延べ床面積約25坪(83m2)の瀟洒な建物ですが、以前の公会堂とは比較にならないほど「明るく、利便性に富んだシンプルな構造」と言うことができるでしょう。
マイカーによる通過では見過ごされるかも知れませんが、操山・里山ハイキングコースを散策されるグループの人には、「岡山でナンバーワン」の公会堂として目を引く建物となるでしょう。
正式落成式典は改めて挙行されることとなるでしょうが、当面は【公会堂は、「地域住民に親しまれ、皆で利用活用される」施設である】との町内モットーに則り、「落成お披露目催し会」として次の行事が行われました。
- 5月3日(土・祝)− 嶽王子会老人クラブ例会日(第一土曜日公会堂周辺清掃)
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☆ 皆で歌って健康増進 − 大きな声で歌おう! − アコーディオンに合わせて
☆ 趣味の手品御披露 − 円山老人クラブ 石井那促
☆ メタボリックシンドリュームって何のこと? − 富山学区専門指導員による



- 5月5日(月・祝)− 王子宮春季大祭と町内祝賀懇親会
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嶽町内会の氏神様である王子宮の春季大祭が毎年5月5日に開催されます。今年も町内会全員で参道清掃、神主による祭礼が執り行われ、終了後、公会堂に集合して会食懇親会が行われました。「公会堂をコミュニティの場として活用して欲しい」との町内会長挨拶の後、参加者全員が有意義な活用を誓って散会しました。



(文・写真:大道寺)
[ 2008年5月25日 ]
薔薇のオープンガーデン
5月17,18日の二日間、福泊川東町内会のKさん宅で“わかばの庭”=薔薇(ばら)のオープンガーデンが開かれました。


K夫人が丹精込めて咲かせたイングリッシュローズやハイブリッドローズなど百種を超える薔薇の花が咲き競い、お庭は甘い香りに包まれていました。
薔薇を植えてから4年目の春を迎え、オープンガーデンは今年が初めてだそうですが、見学のお客様が次々と訪れていました。
K夫人によれば、なんでも「岡山イエローブック」という会員200名規模の同好会があって、この時期は市内6箇所の会員さんの家で一斉にオープンガーデンが開かれ、「お互いに訪問し合って刺激を受けたり与えたりする相互研鑽のためのイベント」というのがそもそもの狙いだそうです。
“わかばの庭”のネーミングは?とお尋ねすると、「いつまでも“初心者”のつもりで、常に向上したいから」とのお答えが返ってきました。
(文・写真:小野田)
[ 2008年5月18日 ]
「つつじ」の咲く家
山崎本町を歩いていて、塀越しにみごとな「つつじ」が目に留まりました。
許しを得て写真に収めましたが、M夫人の話では赤い花は「キリシマ」で、ピンクの花が「リュウキュウ」だそうです。
樹齢は?とお尋ねすると、「もう百年近くになるでしょう」とのこと。
きれいな花をいっぱい咲かせるには、「花が散ったら、若葉のうちに剪定すること」だと教えていただきました。

(文・写真:小野田)
[ 2008年4月28日 ]
百間川緑地福吉公園
百間川右岸の下段道路沿いに「百間川緑地海吉福吉公園」、通称「三角公園」とか「桜公園」と呼ばれる広場があります。
東西(いちばん広いところで)約6メートル、南北約30メートルの南端が尖った細長い地積には遊具やあずまやが設置され、西側の外柵沿いには20本の桜の木(ソメイヨシノ)が植えられています。
平成20年4月6日は絶好のお花見サンデーで、満々開となった樹齢14年の桜花の下には地元海吉福吉町内会の善男善女百数十人が繰り出して、にぎやかに「さくらまつり」が開かれていました。


(文・写真:小野田)
[ 2008年4月8日 ]
花桃三彩
岡山市円山(浜倉)地内の旧道を通っていると、道沿いの民家の庭に赤・白・桃色も鮮やかに、三色の花樹が目に飛び込んできました。
思わず足を止め、許しを得てカメラに納めましたが、ご当家のK夫人によれば、「実のつかない“ハナモモ”ですよ。植えてから7〜8年になるでしょうか」とのこと。
樹齢同年代の三色のハナモモが、この世の春を咲き誇っていました。
(文・写真:小野田)
[ 2008年4月6日 ]
曹源寺のしだれ桜
平成20年3月29日午後、有名な曹源寺のしだれ桜をみてきました。


樹齢は40年ぐらいだそうですが、操山を借景にした回遊式庭園の片隅で優雅に咲き誇り、池の水面にその美しい姿を映していました。
明日は生憎と雨のようですから今がちょうど満開の見ごろのようで、大勢の人で賑わっていました。
(文・写真:小野田)
[ 2008年3月30日 ]
曹源寺の三重の塔
曹源寺の境内より急な山道を約10分程登って行くと、山林の中に突然、三重塔が現れました。
遠方からみると、操山の樹海の中に納まりよく建っていて、広大な伽藍の一角を形成しているのですが、いざその現地に立ってみると、岡山の貴重な文化財も周りを雑木に覆われていてよく見えない状態です。
山門や本堂がきちんと守られているのに比べ、大変な荒廃ぶりでした。
(文・写真:山田)
[ 2008年3月5日 ]
めずらしい花
寒い冬場に白い可憐な花をつけるクリスマスローズの花で、原産地は欧州から西アジアの「きんぽうげ科」の常緑多年草です。
最近、いろんな種類の鉢植えがホームセンターの店先を飾っていますが、海吉地内の道端の植え込みの中で自生(実生?)し、可憐な花を咲かせているのを見つけました。
(文・写真:湯浅)
[ 2008年3月5日 ]
お雛様の家
海吉出村町内会長のお宅では、今年もたくさんのお雛様が飾られています。(※下の画像をクリックすると、別ウィンドウに大きい画像を表示します)
壇飾り3組、掛け雛1幅(これは、昨年の富山文化まつりに「地域のお宝」として出展されたものです(写真右側))、ガラスケース入り7箱〜延べ17点、卵雛1組、色紙雛5枚・・・といった塩梅で、座敷はお雛様に占領されています。
場所は海吉1779番地の小野田家で、きらく寿司さんから西へ5軒目の(海吉出村町内会長の)家です。
4月3日までは飾ってあるそうです。ご当主は、「大勢のみなさんに観て頂ければ、お雛様もきっと喜ぶでしょう」と言っておられました。
(文・写真:小野田)
[ 2008年2月23日 ]
移動式排水ポンプ3台設置
2006年6月26日朝の集中豪雨により、学区内は随所で浸水の災害を受けました。そこで市に対し災害対策の請願をしたところ、市は翌2007年6月29日に倉安川の円山・山崎地域の3か所にある用水のサイフォンのところに毎分3トンの排水能力のある移動式ポンプを設置しました。
集中豪雨の雨水を倉安川に放流して、この地域の浸水被害の減少に役立つことが期待されます。
(文:大江、写真: 薄)
[ 2007年9月1日 ]
富山学区内の浸水災害対策用排水ポンプ
学区には、大型の排水ポンプ場が倉安川排水機場と二膳樋揚水機場の2か所あります。
倉安川排水機場には、倉安川の排水が主で100馬力のディーゼルエンジンのポンプが2基あり、フル稼働なら毎秒2.5トンの排水能力があります。
側には自然放流の樋門もあるので、百間川との水位の差で稼働させます。
二膳樋揚水機場は、用水の排水が主で75kWの電気モーターのポンプが2基と15kWの電気モーターのポンプが1基計3基あり、75kW2基で毎分160トン、15kWで毎分15トンの排水能力があります。
ところで、学区内の浸水災害防止と農業用水の管理がなされているのは2か所のポンプ場を管理されている方々の昼夜を分かたぬ働きのおかげです。
(文:大江、写真: 薄)
[ 2007年9月1日 ]










今を去る20数年前、赴任中の英国の古城を見学中に、とある木を見た妻が「あら、あの木にはハンカチがぶら下げてあるわ〜」というので近寄ってみると、なんと「Handkerchief Tree(正式な名前はDavidia)」と書き記してありました。10年以上、樹高2メートル以上になると花をつけるという珍しい木です。






