大神神社の屋敷図

大神神社(権現造)の社殿構成

本殿   一間社流造檜皮葺
幣殿   三間二面入母屋造本瓦      葺  
釣殿   梁間二間桁行三間
      両流造本瓦葺
拝殿   三間二面入母屋造本瓦
      葺
随身門 三間一戸   

この地は土師の森と言われ、備前国
総社神名帳には、大神神社を土師宮
とあり、馬場道の左右に柿本明神、梨子
本明神があり、この二社を移し松尾御崎
宮とともに四座という。
大神神社は、もっと奥、山の方へおまつりしていたもの。広いところへ移したと
いう話がある。火事がいったという話も
ある。資料は徳川時代の終わりのもの
しかない。(有森宮司談)

梨本神社
(なしもとじんじゃ)
柿本神社
(かきもとじんじゃ)
松尾御崎宮
(まつおおんざきぐう)
梨本の地名は馬場道の東に小字梨木(なしき)で残っていた。 柿本の地名は馬場道の西に小字柿木(かきき)で
残っていた。
小字松尾が残っていた。

(学区の歴史「地名四御神の由来」、「条里制の里と坪」にくわしく載っています。)


大神神社の南には古代の条里制が残る豊かな田んぼが広がり、水と太陽の恵みを受けて雄町米の特産地となっている。この美しい田を子孫に残してほしいと大神神社の神々に祈りたいと思う。

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