(South Africa)
 8.喜望峰 

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南アフリカの旅の最後の訪問地です。喜望峰は1488年 - ポルトガル人バルトロメウ・ディアスが到達し、Cabo Tormentoso(「嵐の岬」)と命名したが、後にポルトガル王ジョアン2世が「希望の岬」(Cabo da Boa Esperança)と名付けた。現在は英語名 The cape of good hope と名付られています。また、喜望峰はアフリカ大陸の最南端と思われているが、実際の最南端は、東南東へ約150km離れているアガラス岬である。

喜望峰を望む場所にある灯台、歩いて20分の坂を登る。
喜望峰の最南端の岬、大西洋とインド洋が交わるところ、沖には南極大陸がある。↑
旅行の終わりに記念写真、総勢28人のうち男性は5名。女性パワーに圧倒された9日間でした。↑
日本への帰途、ケープタウンを離陸しヨハネスブルぐ向かう途中。ヨハネスブルグの気象状況が悪化し、急遽ダーバンという都市に緊急着陸しました。
写真はそのダーバンの町、その後、ダーバンで待機後、気候が回復し予定通り帰国できました。↑
                           終わりに
行く前は、ジンバブエではコレラ、各国ではマラリアに注意。ヨハネスブルグでは白昼拳銃強盗が発生。拳銃強盗が発生しても誰も助けてくれない。加えて新型インフルエンザに注意などなど随分おどかされました。

コレラ発生地域では生野菜、果物は食べない。マラリア予防は蚊に注意。強盗にあったらお金は全部出す。そのときポケットに手を入れて出さない。ピストルと間違われるので、外から財布のあり場所を指さす、などなど安全教育?を受けましたが。現地ではそんな心配はまったく感じませんでした。逆に黒人の方々の人懐っこさや親切なことに感激しました。その昔、日本人なら誰でももっていた素朴さがここでは今でも残っているようでした。

言語は英語、アフリカーンス語、部族の話すンデベレ語やズールー語など。
でも英語は何処でも通じるし、ネイティブイングリッシュではないので、私のようなヘタクソ英語がバンバン通じます。逆にうま過ぎる?英語は通じないことがある感じ。

南アでは来年ワールドカップ開催。工事が各所で行なわれておりました。間に合うのかなあと心配するようなのが随所にありました。でも大丈夫でしょう。北京オリンピック前でも同じようでしたから。

過ぎてみて、アフリカの皆さんの親切で明るく屈託の無い、いわゆるホスピタリティに富んだ人への接しかたに、大変感動しました。
大人も子供もホームレスさえも純真さをもっていると思いました。これらの国は今は大変でも、将来は必ずいい方向に向かうことと信じています。
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