関のあちこち

投稿日:2018年4月12日

 

ありし日の大師駅

一枚の駅名札が立つばかり・・・の大師駅のたたずまいだった。
この駅はもとは関駅、大正5年(1916)春ごろ3キロほど南へ行った鳥坂山の虛空蔵大師(ゴロゴロ大師)が俄かにはやり出し、乗降客が増えた為駅名を大師駅と変更。

関公会堂に安置の大師像

中区関の関公会堂にある薬師堂は、地元の人々から通称「大師堂」と言われて親しまれており、3体の古い仏像があります。大師駅を降り真南の操山のすそ野にあるゴロゴロ大師までお参りに行くのに足が悪い、または時間がない参拝者は代理参拝としてここでお参りをする人も多くいたそうです。
西大寺軽便鉄道は明治43年から、その当時の駅名は観音(西大寺)、松崎(広谷)、大多羅、岩間(長利)、長岡(財田)、関(大師)、二本松(藤原)、原尾島、森下であった。その後、森下から後楽園駅まで延長。
赤穂線の開通により昭和37年(1962)9月6日52年余の歴史を閉じた。以前にぎわった大師駅も跡形もないようです。

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カテゴリー:関の昔・むかし

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