第5巻(2006年度版)
地域にはそれぞれ風土、風景、風習、風俗、風格、風味、風情という7つの「風」があると思う。
そんな「風」を見つめてみたい。

変わった故郷

変わらぬ故郷

  忘れがたき故郷である。




冬の夜空
 すっかり葉っぱが無くなった街路樹の合間に黄色い枯葉が一枚今にも落ちそうに揺れています。
 散歩道も枯葉が舞散り冬の色を濃くしている。
 冬の斜光は、風景を美しくする。
 澄んだ冬の空は、七個の1等星が燦々と輝く。
 冬の訪れを告げる、ぎょしゃ座に輝く1等星カペラ、次に銀色の三角の雲のように見えるスバルや、赤い1等星アルデパランを含むオウシ座の星たち。
 その東側には、ふたご座オリオン座
 ふたご座は、カストルボルックスの2つの星から二列の星が双子の兄弟の足へと向かって伸びている。
 オリオン座は、やっぱり有名な三ツ星が目に付く。
 三ツ星を囲むようにして、2つの1等星と2つの2等星が四角形を作っています。
 三ツ星の下には、縦に三ツ星が並んでいます。
 オリオン座にある二つの1等星の名前は、赤い星がベテルギウス、青い星がリゲル
 次に昇ってくるのは、1等星プロキオンを含むこいぬ座で、狩人オリオンが従える猟犬の姿です。
 プロキオンは、黄色みをおびた白い星で、犬の先駆けという意味を持っています。
 ここで言う、「犬」とは、プロキオンより10数分遅れて昇ってくるドック・スター即ちおおいぬ座のシリウスのことです。
 シリウスは、一番明るい星として知られています。
 つぎつぎと昇ってくる1等星の最後に一番明るく輝く星を昇らせ冬の空を演出します。

 もうすぐクリスマス、灯りの漏れる窓辺から子供の明るい笑い声が聞こえる。




秋の暮れ
 秋の季語に「そぞろ寒」と言う言葉がある、なんとなく寒かったり、わけもなく寒かったりというのが「そぞろ寒」のようだ。
 すっかり日が短くなり、太陽が足早に沈んで紅色に暮れて行く空に風も冷たさを増し、しばらく歩いていると随分と体が冷えてきた。
 柿が実る家の庭先に、菊やサザンカの花が咲いて住む人の心の温かさを感じる。
 古道を歩くと、刈取られた稲田が広がり。渋柿を長い竹竿でもぎ取る懐かしい風景を見ることが出来る。
 まさに故郷米倉である。
 田圃から、稲わらを燃やす白い煙が立ち上がり快適さを増す、中秋から晩秋への移り変わりの風景である。
 今週は、穏やかな秋晴れに恵まれ、季節感を味わうことができた。
 お互い、季節を感じることが出来るのは気持ちに余裕があるからかも知れない。
 ところどころで街路樹の銀杏や真っ赤に燃えるモミジが見られる、その色を楽しみながら夕方の野辺をゆったりと歩く。
 吹き抜ける風の冷たさに間近に迫る冬の訪れを感じる。




米倉路の秋
 秋を探しに出かけた、岸辺のススキが風にそよいでいる。
 まだ、あたりの木々は夏と変わらないのに、ススキのところだけに秋が来ている。
 休耕田に、ひょろひょろとしたコスモスがふんわりと咲いている。
 なぜかコスモスは5・6本咲いているほうが秋の哀愁を感じる。
 しばらく行くと線路下の桜の葉が紅葉を始めていた、気持ちよく晴れ渡った秋の陽だまり、この一帯は毎年素晴らしい紅葉を見せてくれる。夕日を浴びた紅葉はことさらに美しい、心に滲みる光景である。
 そんな光景を黙って見つめていると、心なしか吹く風が冷たくなったような気がする。
 流れる雲に哀愁がただよい、暑い夏の涼しさを求めた風鈴の音が、いつしか秋の音に変わっていた。
 やがて夕焼けが始まり、陽がおちてゆく、秋は人を心穏やかにする。
 もうお祭りも終わリ秋の取入れが始まった、少しだけ複雑な気持ちで、そんな秋の佇まいにカメラを向けていた。




米倉の月
  月々に、つき見る月は多けれど・・・・・・・
    ・・・・・・・月見る月はこの月の月。



里の秋
 あちらこちらで秋の気配を感じさせてくれる。
 曼珠沙華に萩、対照的な印象を受ける二つの花だが、どちらも季節に映える花のような気がする。
 少しずつ深まって行く秋、新しい季節を前にすると過ぎ行きし季節への想いが高まる。
 久しぶりに歩く堤防は、まだまだ暑いけれど、時々サーット吹く風に秋を感じる。
 秋の高い空に穏やかな笹ヶ瀬川の流れ、赤トンボの群れが風に乗って舞っている。
 堤防下の家並みの庭先でハギ、ススキ、ナデシコ、オミナエシ、キキョウの花が見られる。
 小さな秋があちこちに落ちている、里の秋は散歩しているだけで心が躍る。
 これから日もどんどん短くなる、日が西に傾き赤い夕日に作られた影が長く伸びる。
 ふと、子供のころ影ふみをして遊んだことを思い出す。
 秋の夕日を背景に描かれた、かん蹴り、鬼ごっこ、かくれんぼ、懐かしい思い出に浸る。
 秋の夕日は人を感傷的にさせる。

 稲穂が実りを深め秋風が渡る。
 四季折々に風が吹く。
 木枯らしを想わせる冬の冷たい風。
 遥か彼方から暖かさを運んでくる春の風。
 木陰に涼しさを運んでくれる夏の風。
 そして、高く青い澄切った空に爽やかな秋の風。
 そこに、金木犀の香り。
 岸辺の「ざくろの実」が秋を引き立てる。

 風がそっと通り過ぎる。




夏の終わりに
 晩夏、セミの声もいかばかりか弱くなり、夜には秋の音が聞こえ、夏の終わりを感じさせる。
 そんな夏の終わりの夕方、川沿いの道を散歩しているとセミが仰向けに転がっていた。
 「あー、命尽きたね・・・・」そんな感情を抱きながら、そっと草むらに移そうとした。
 手に触れた瞬間、驚いたことに彼はかすかに動いた。
 そう、彼はまだ死んではいなかった、弱々しく足を動かし、必死に最後の抵抗をしようとしていた。
 その瞬間、自分の"生"をまっとうして力尽きようとしている命に見えた。
 燃える日差の中、あんなにけたたましく鳴くのは、限られた時間の中で精一杯生きようとしている彼らの証かも知れない。
 そんな事を思いながら、大事に手に取り草むらに移した。
 空を見上げれば、綿のような積雲と、そのはるか上空を巻雲が流れていた。

 日増しに稲穂が伸び、たんぼの景色が変わる。
 稲は、葉のさやの間から出た穂の先の方から花が開く。
 花は、花びらではない2枚のえいに雄しべや雌しべが包まれていて、このえいがおよそ30分くらい開いている間に雄しべの花粉が雌しべに付いて受粉する。
 そして、受粉して30日かけて、えいの中に硬い実が出来る、この実が秋の実りとなる。




夏のひるさがり
 「ふう・・、さすがに暑いなあ」
 「しょうがないよ、だって午後の一番暑い時だもの」
 夏の陽射しをたっぷりとあびて畑のスイカが膨らむ。
 美味しそうなのを三個デジカメにおさめる。
 鳥のさえずり、遠くに響く学校のチャイム。
 あぜ道に緑の夏草が茂り、黄色い小さな花を付けている。
 水田に木々が影を落とし、こずえの先の青空をまだ若い夏雲が往き過ぎていく。
 セミの声が暑さをさそう。



梅雨空の朝
 水田の緑が日ごとに深まってゆく。秋の実りを祈る。
 ゲゲゲゲゲと蛙の合唱が楽しそうに聞こえる。
 長川のほとりの梅の実がおいしそうに実る。梅の花は美しいが、実はまた花とは違った美しさがある。
 藤田用水のほとりの紫陽花が今年も美しい花を付けた、いよいよ梅雨の季節がやってきた。
 雨上がりで大川の水かさも増し勢い良く流れていた。
 日曜日の朝は、みんなゆっくりしている。散歩の道も出会う人もまばらだ。
 散歩の人と行き交う。勇気を出して「おはようございます」と声を出す。
 相手も「おはようございます」と返してくれる。散歩の道が団欒の道になる。




風薫る
 冬の暗い長い夜に比べると、春は明るく早起きができる。
 風薫る季節である、野を渡る春の風は見えるような気がする。
 そこかしこの命あるものの息吹が風に乗って薫ってくるような風景です。
 笹ヶ瀬川の岸辺の葦も柔らかな若葉を広げ、堰堤下の木々も芽吹き、みずみずしい緑の帯を見せる。
 のんびりと暖かな感じが漂い、そこを渡る風も優しく頬を撫でていく、風薫る瞬間である。
 堰堤では、スミレ、タンポポと、そして小さな名も知らぬ花があちこちに咲きほこっている。
 小さい紫の花、黄色の花が群生していが見落として踏みそうになり足を止める。
 花たちは、太陽の動きと共に咲く場所、咲く方向を変えているように見える。
 穏やかな川の流れと、風のささやきを聞いていると「春なんだな」と思う。




早春賦
 早春の息吹は、いつのまにか春の気だるさに変わって行く。
 今年も、花の季節がやってきた。
 陽溜まりの中にタンポポが黄色く花を咲かせている。
 萌える青い草の中に、小さな花々が咲き出すのが目にとまる。
 いちばん春を感じさせるのは田圃のあぜ道に咲くタンポポである。
 陽溜まりに、早春を誇るかのように、胸を張って、黄色い花を陽に突きだしている。
 その様子は、可憐なというよりも、生き生きとした春の生命力を感ずる。
 まるで早春の精気そのものである。
 今朝は、庭の椿が満開になった。




寒い朝
 今年の冬は格別と寒い、今朝の冷え込みはこの冬一番かも知れない。
 道行く人も首をすくめ、背中を丸くして手を脇に挟んでいる。
 吐く息も白く、身にしみる寒さである。
 背筋を伸ばして川沿いの道を歩いてみた、冬には冬の風景がある。
 そして、朝の冷たい空気に触れると、身も心もピリッと引き締まる。




新春の午後
 いよいよ冬が遠い山から降りてきた。
 私たちの目を楽しませてくれた木々や自然界の生命も休眠の季節である。
 北風が吹き荒れる笹ヶ瀬川のほとりを散歩する、枯れたススキの穂が風に大きくゆれ、川面を眺めて腹一杯に美味しい空気を吸い込む。
 公園にはまだ、子供たちの嬌声、野球少年の歓声、それに若い家族の笑い声があふれていた。
 ケヤキも桜も葉を全ておとし、落葉が風に廻ってる。
 空には白い薄雲がかかり始めていたが、それでもまだまだ青かった。

 足取りも軽く家路に向かった。