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   今週の「つぐらの顔」は、・・・
                       時代の変遷の中で、西国有数の多くの檀家を擁するようになった大寺
             
日蓮宗の妙林寺さんです。

 
妙林寺は、安房国(千葉県)小湊の誕生寺派日蓮宗の寺院で、山号を大乗寺(だいじょうじ)という。
 ルーツは1,632年に藩主池田光政が岡山に国替えした際、鳥取から同伴した日意僧が、城下の山崎町
 に建立した寺院だった。

 また、1,666年の岡山藩による寺院整理で廃寺となった御野郡周辺の日蓮宗寺院の檀家は、妙林寺
 の檀家とされたため、多くの檀家を擁する寺となったという。
 古文書によると1,686年、 寺の境内が狭いことを度々藩に願い出て、現在地(津倉2丁目)に以前の
 数倍にあたる敷地(3,700坪)を拝領して移転した。

      

 
 
山門 扉は1枚けやきで出来ている三門の形態をした珍しい様式 仁王門 表参道の上にあり、楼上の「大乗山」の額は藩主池田公の書
   
   平成8年に完成した新大客殿と境内 設備の行き届いたハートフル建築で、葬儀・法事は無論のこと、結婚披露宴もある
                           津倉町町内会も役員会・総会等に利用させて頂いている
   
     御宝前(法華経を説かれる日蓮上人)の天井絵   ガラスに特殊な技法で描かれた龍の絵(雲龍水龍)
                               招福絵師 園山春二作(身延山の湧水を使って絵の具を溶いたという)
   
 本堂  建坪110坪、300坪の大屋根を有する県下随一の建築            さすり大黒(大きなお腹をさすって、お願い事をする)
       1,736年の建立で、正面の「妙林寺」の額は、
紀伊国屋文左衛門の書師であった江戸時代の有名な書家「佐々木文山」の書

妙林寺は、池田光政の岡山移封に従った日意が創建した寺なので、同寺の改宗やその後の動向も、
藩主の池田公の意向に沿ったものだが、元は不受不施派だが1,665年の禁制で不受不施悲田派となり、
1,691年同派が禁教となると今度は「受不施派」に改宗して現在に至っている。

                                 
(参考文献 京山物語) 
     
  祖師堂  やくよけ日蓮上人のご尊像を安置          境内に建つ 鐘つき堂        日蓮聖人の立像
       
             仁王門の額(池田治政公の書)             左右対称に立つ仁王さん 
東からの参道には、昭和の半ばまで、北に2院、南に2院の塔頭寺院が向かい合って建ち、壮観な形
でしたが、
現在では北側の授法院を残すのみとなっています。
1,736〜1,741年に十世日慈が、本堂、仁王門、庫裏等を整備したと言われていますが、現在は、広い
境内に、本堂、祖師堂、五番堂、庫裏、客殿、鐘楼、仁王門、総門等の建物が建ち並んでいます。
また近年、建物の改築、修理が行われ、平成8年には新客殿が竣工しています。
     
      授法院(東からの参道北に残る唯一の寺)             東側の参道を登ると正面の本堂が目に入る               
妙林寺年中行事               毎月行事
 ・正月元旦  初詣                         ・1 日   厄除け祈願の日
 ・2 月初旬  節分星祭、大黒まつり              ・13日 : 午前 信行会講座              
 ・3 月初旬  春の施餓鬼大法要                       午後 13日講(供養と祈願)
 ・4 月     身延山参拝
 ・8 月1 日  初盆せがき大法要
 ・10月中旬  川施餓鬼(日帰り)
 ・11月13日 宗祖御会式
 ・12月31日 お火たき、除夜の鐘を打つ会  
                 

                                                       
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