2007年(平成19年)4月27日
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XXIV 百寿者に学ぶ

 もし人生ゲームがあるとしたら、百歳まで長生きできれば、まさに「あがり」です。荘子は、百歳を「上寿」といいました。人生80年時代といっても、100歳になれるのは、400人に1人、105歳になれるのは、3000人に1人にすぎません。あなたは、この熾烈なサバイバルゲームに、勝ち残る自信がありますか?
 最近の研究によれば、必ずしも遺伝的に恵まれた人達だけが、百歳まで長生きできるのではないことが判ってきました。身心ともに弱くても、百歳まで到達できるという結果がでています。私が往診で診ていた103歳の女性は、原爆にもあい、50歳頃までは、身体が弱かったといわれていました。それでも、103歳まで長生きされました。
 百寿者には、年輪を重ねた迫力があります。今回は、百寿者の身心両面の特徴や生活習慣などを学ぶことにより、私たちの日頃の健康生活の参考にしたいと思います。
 
1) 百寿者の特徴


 健康・体力づくり事業財団が、平成14年にまとめたデータがあります。百歳以上の高齢者1907人(男566人、女1341人)を調査した結果です。なお、全国集計では、百寿者の8割は女性です。
①体格:
  男は、
  平均身長154.7cm、
  平均体重49.1kg、
  平均BMI20.5でした。
  女は、平均身長141.9cm、平均体重39.0kg、平均BMI19.5でした。
   百寿者の体型は、やせかふつうで、BMI25以上の肥満の人は、男女とも5%程度にすぎ
  ませんでした。やはり、肥満の人は、百寿者にはなりにくいのです。
病気:なんらかの病気にかかっている人は、男で46.3%、女で43.1%でした。
多い病気は、心臓病(男9.7%、女8.4%)、次いで高血圧(男7.4%、女8.7%)でした。また、男では、泌尿器系および呼吸器系の病気が、女では、骨粗鬆症および認知症が多い傾向にありました。
 東京の百寿者514名を調べた慶応大学の研究では、90%の人が何らかの病気をもっていました。ただし、糖尿病の人は、3%と低率でした。糖尿病があると、百歳までの長生きは、難しいようです。
食生活:3食きちんと食べる人は、男女とも9割でした。間食する人は、男女とも半数弱でした。
 主食(ごはん、パン、麺類)は、男女とも9割が、毎食食べていました。野菜も、男女とも9割は、ほとんど毎日摂っていました。牛乳・乳製品は、約65%の人が、また、魚介類・卵は、約50%の人が、ほとんど毎日摂っていました。しかし、肉を毎日食べる人は、25%程度でした。また、果物は、約60%の人が、毎日食べていました。
運動:運動習慣のある人は、男54%、女40%で、散歩や体操をほぼ毎日おこなっていました。
睡眠:睡眠時間の平均は、男8.9±2.2時間、女9.1±2.1時間でした。また、夜よく眠れる人は、男女とも8割強でした。
たばこ・お酒:たばこを吸う人は、男5.6%、女0.8%でした。お酒をのむ人は、男22%、女6%でした。お酒の量は、日本酒にして1合未満が93%とほとんどでした。やはり、たばこを吸う人は、百寿者とはなれません。また、百寿者のお酒は少量です。
仕事を辞めた年齢:70歳代が最も多く、8割は、60歳をこえても仕事をしていました。仕事の内容は、男女とも農業・林業が最も多く、次いで会社勤め、自営業などでした。
 昔より、僧侶や芸術家は長命です。高齢になっても、仕事をつづける事が、結果として、長寿をもたらしていると考えられます。年をとっても、「半分現役・半分隠居」くらいで暮らせたら、いいなあと思います。
精神的満足度:「将来に不安を感じない」人は、約8割に達していました。「寂しいと思わない」、「無力だと感じない」人は、それぞれ約6割でした。
 平成18年に、内閣府が成人1万人を対象におこなった世論調査では、「老後に不安」を感じる人は、68%にも達しました。それに比し、百寿者では、「不安」が消えています。その心境は、さすが百寿者です。 
趣味:趣味をもつ人は、男では47%、女では27%でした。趣味の内容は、男では、多い順に、テレビ鑑賞、読書、園芸、音楽、手作業などでした。女では、手作業、テレビ鑑賞、音楽、読書、園芸などの順でした。
生きがい:生きがいをもつ人は、男の44%、女の26%でした。生きがいの内容は、男女とも、1位が、家族、2位が、健康で楽しく過ごすことでした。
 
 江戸時代に、徳川家康、秀忠、家光の将軍三代に仕えた天海僧正は、108歳の天寿を全うしたと伝えられています。僧正は「気は長く 勤めは堅く 色うすく 食細くして こころ広かれ」という言葉を残しています。これは、まさに百寿者の特徴だと思います。

2) 百寿者の日常生活

 健康・体力づくり事業財団の調査では、旅行も含めてふつうに行動できる人は、男では5%、女では1%にすぎませんでした。近所の散歩程度ができるのは、男の21%、女の8%でした。行動が居室内に限られている人は、男の35%、女の37%でした。また、寝たきりの人は、男の22%、女の41%でした。
 百寿者が増えているといっても、実際には、寝たきりまたは準寝たきりの人が多いのも事実です。とくに、女性でその傾向が顕著です。女性は長生きできますが、介護を必要とするのもまた女性に多いのです。逆に、男で百歳まで長生きできる人は稀ですが、男の百寿者には、自立して活動的な方が多いのです。
 これは、生物学的に、女は、脳卒中、認知症、骨折などで寝たきりになっても、生きていけますが、男は、大きな病気になると、生きていけない事を示しています。男では、病気から逃れた、真に元気な人のみが、百歳になれるのです。
 また、沖縄のなかでもとくに長寿村として知られている大宜味(おおぎみ)村は、一人暮らしや老夫婦のみの世帯が多い地域です。そこに住むお年寄りの生活は、身体が動く限りは畑仕事や芭蕉布織りなどの仕事に従事し、近所付合い、老人会への参加、ボランティア活動などの日常活動も盛んにおこなわれています。
 当院のデイケアに参加されている95歳の男性は、アメリカに住むお孫さんと、インターネットでメールを交換しています。元気の秘密を伺うと、「そりゃあ、やっぱり努力やな。まわりは誰もわかってくれんから、自分で努力するしかないな」といわれました。
 せっかく百寿者になったとしても、寝たきりや認知症では、残念です。やはり、日頃の「努力」の積み重ねが、元気な百寿につながるのでしょうかね。

3) 多病息災で百寿まで

 慶応大学の研究では、100歳までに6大疾患(脳卒中、心臓病、糖尿病、高血圧、骨折、がん)にならなかった人は、30%のみでした。60%以上の人は、大病をしても100歳まで長生きできています。
 アメリカの修道女を対象としたアルツハイマー病の研究で、101歳で亡くなったシスター・メアリーの脳は、萎縮がつよく完全なアルツハイマー病でした。しかし、驚くことに、彼女は、亡くなる直前まで、正常で優れた認知機能を示していました。彼女は、84歳まで、現役の数学教師をしていました。また、晩年まで、福祉活動にも熱心で、全く普通の生活を送っていました。
 このことは、たとえアルツハイマー病になっても、シスター・メアリーの様に、積極的に脳を使っていると、認知症の症状がでない事を示しています。
 また、かって日本の最高齢者だった116歳の女性は、大腸がんで亡くなりましたが、がんの進行は遅く、ほとんど全身的な症状はなかったそうです。しかし、死後に解剖してみると、がんは、きわめて広範囲に肝臓や腹腔内にひろがっていました。
 このことは、たとえ進行がんがあっても、百寿者ともなれば、がんの症状は表面にでない事を示しています。
 これらの事例は、我々に勇気と安心を与えてくれます。たとえ病気があっても、多病息災で暮らせば、百寿も可能であり、それこそ天寿まで、人生を楽しむことができます。アルツハイマー病になっても、がんになっても、ふつうの生活ができるのです。これこそ、まさに多病息災の生き方だと思います。

4) 百寿者の寿命

 平成17年の厚生統計要覧によれば、100歳以上の方の死因は、男では、1位・肺炎、2位・老衰、3位・心疾患、4位・脳血管疾患、5位・がんでした。女では、1位・老衰、2位・心疾患、3位・肺炎、4位・脳血管疾患、5位・がんとなっていました。
 超高齢者になると、がんよりも、血管の老化や免疫力の低下の方が主な死因となります。もちろん、老衰もふえます。遺伝子の寿命が限界に近いからです。
 また、死因は何であれ、超高齢者の死はとても穏やかです。それこそスーと、火が消えるように亡くなっていきます。
 107歳で亡くなったきんさんは、「今日はちょっと調子がわるい」といって、横になり、そのまま眠るように亡くなったそうです。
 私が往診でみていた99.5歳の男性は、老人ホームに入所されていましたが、亡くなる前日に医院を訪ねてこられ、「今日は、しんどくて、食欲がない」といわれました。点滴をしたら、すこし楽になったといわれ、笑顔がみられました。翌日、他の患者さんを訪ねて老人ホームを訪れた際に、気になったので部屋をのぞいてみましたら、ベットの横に倒れていました。血圧が下がり、意識も低下した状態でした。「がんばってね」と声をかけると、「はい」と返事が返ってきました。しかし、救急車がくるあいだに、返事の声がしだいに小さくなり、そのまま私の膝のうえで、眠るように亡くなられました。とても穏やかな死でした。心臓マッサージと人工呼吸をしましたが、元には戻りませんでした。
 お年寄りにとって、「死」はとても身近な存在です。その「死」も、年をとればとるほど、安らかなものになっていきます。これは、やはり救いなのでしょうね。


5) キリストの言葉、釈迦の言葉

 キリストの言葉: 「だから、明日のことまで思い悩むな。明日は、明日みずからが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」
 釈迦の言葉: 「過去を追うな。未来を願うな。過去は、すでに捨てられた。未来は、まだやってこない。ただ、今日なすべきことを熱心になせ。誰か明日の死のあることを知らん」
 これは、キリストと釈迦の言葉です。人類史上、最大の宗教家の二人が、奇しくも同じことをいっています。我々が生きているのは、「今、ここに」だけです。今日一日を、大切に生きる。それしかないと二人とも説いています。
 108歳まで長生きされた清水寺貫主の大西良慶和上は、「今までの人生で、いつが一番良かったか?」という質問に対して、即座に「今がいちばんええ」と返事されました。白内障で目もよくみえず、耳もよく聞こえなくなっていましたが、「今に感謝して生きる」ということを教えられました。
 当院のデイケアに来られるお年寄りは、異口同音に「一日一日がよければ、それでいい」、
「一日一日が勝負」とよく言われます。これは、キリストや釈迦の教えと同じだと思いませんか? こういう話しは、若い人からは決して聞くことができません。だから、お年寄りとの会話は勉強になります。
 人間は、年をとると、自然に、だれでも「今、ここに」の境地になれるのでしょうかね。そうすると、年をとるのも、また楽しみになります。
 人の寿命は、誰にもわかりません。百寿まで長生きできる人もあれば、夭折する人もあります。今回の百寿者の生活様式を守ったとしても、百歳まで長生きできるかどうか保証はありません。しかし、長生きしている人の共通の特徴は、ほぼ理解できたと思います。病気になっても、年をとっても、一日一日、養生につとめ、「今、ここに」を生きていけば、百寿も可能かもしれません。


6) おわりに

 丁度2年間、毎月、健康コラムを担当してきました。これまでに、健康の要点は、ほぼ網羅できたと思いますので、今回で、この連載を終了したいと思います。
まとまりのない話も多かったと思いますが、ご容赦下さい。
 毎月、10冊前後の本を読んで、文章をまとめていました。インターネットからの情報も用いました。おかげで、こんな世界もあるのかなと感心したり、驚いたりと、楽しみながら続けることができました。
 最初のころは、病気の予防が最も大事だと思っていましたが、次第に、病気になったら、病気でもいいんだと思うようになりました。若い頃は、全く関心のなかった仏教に、最近になって、親しみを覚えるようになったからです。そして、仏教の教えを学ぶにつれて、やはり、人間の一生は、「生老病死」から、逃れることはできないんだということに気がつきました。人間は、年とともに、みんな多病息災で生きていくしかないのです。
 大切なことは、できれば病気にならないようにすること、もし病気になったら、病気を受け入れること、そして、病気の進行を緩くすることです。そのために、養生があり、医療があります。
 養生は、いつ始めても、遅すぎるということはありません。今まで述べてきた健康生活術を、毎日、楽しみながら、積み重ねていくこと、それが養生の極意だと思います。
 今までの皆様方のご支援を感謝します。ありがとうございました。