2007年(平成19年)1月28日
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XXI 免疫力をつける

 私たちのまわりには、空気中にも、水や土のなかにも、家のなかにも、目にみえないだけで、多数の細菌、ウイルス、カビなどがあふれています。また、私たちの皮膚の表面、鼻のなか、口のなか、腸のなかなども、細菌で一杯です。
 死体は、あっという間に、腐ってしまいます。私たちが毎日生きているのは、免疫が私たちを守ってくれているからです。たとえ、病気になっても、自然治癒力が働きます。自然治癒力は、免疫力そのものです。
 免疫は、ミミズのような小動物から、高等動物まで、あらゆる動物が備えています。また、最近の研究で、植物にも免疫があることがわかってきました。病原体の侵入をうけた植物細胞は、すぐに死んで、病原体をその中にとじこめます。さらに、まわりの細胞が「ファイトアレキシン」という抗菌物質をつくって対抗します。
 このように、あらゆる生物は、免疫力を発達させて、環境に適応し、進化してきたのです。
 今回は、免疫の仕組みと、免疫力をたかめる方法につき、考えてみました。

1) 免疫とは



 免疫は、「自己」「非自己」とを区別することからはじまります。マクロファージ、好中球、リンパ球などの細胞は、外敵である細菌やウイルスなどの「非自己」を認識すると、ただちに攻撃を開始し、これらを排除します。
 また、ウイルスに侵入された細胞やがん細胞なども、「非自己」と認識されて、排除されます。がん細胞は、1日に3000個も新しく生まれているといわれていますが、免疫により、ことごとく排除されているのです。
 この「自己」と「非自己」の区別は、とても厳格です。たとえ、親子であっても、厳密に区別されます。臓器移植は、この免疫システムを完全に抑える免疫抑制剤が開発されてはじめて、可能となりました。
 それほど、「自己」とは、他とは完全に独立した存在です。いいかえれば、宇宙にひとつしかない存在なのです。
 この「自己」と「非自己」とを区別するのは、胸腺由来のT細胞というリンパ球です。胸腺とは、心臓の前面にある薄い板状の組織です。この胸腺内にある細胞のじつに95%は、「自己」を認識するという理由で、胸腺のなかで壊されてしまいます。残った5%の細胞が、「非自己」のみを認識する細胞です。しかし、約1兆種類にものぼる「非自己」に対応可能といわれています。
 私たちの身体は、「自己」を維持するために、じつに莫大な投資をしているのです。それほど、「自己」を守ることは、生きていくうえで、大切なことなのです。

2) 免疫はバランスが大切

 女性は、男性より長生きです。しかし、関節リウマチなどの膠原病、自己免疫性肝炎、慢性甲状腺炎、バセドウ氏病などの、いわゆる自己免疫性疾患は、女性に圧倒的に多い病気です。
 女性が長生きなのは、免疫力がつよいのが一因です。しかし、免疫が働く方向をまちがえて、「自己」まで「非自己」と認識してしまうと、自分で自分を攻撃してしまうことになります。これが、自己免疫性疾患です。
 また、過剰の免疫反応がおこって、喘息、蕁麻疹、花粉症などの生体に不利な状態となれば、アレルギーと呼びます。アレルギーがさらに高度となると、アナフィラキシー・ショックなど、死にいたる状態までもひきおこします。
 このように、免疫は弱すぎてもいけない、強すぎてもいけない、方向をまちがえてもいけない。バランスがいいのが、一番いいのです。
 昔、お釈迦様は、修行時代、いくら肉体的な苦行をしても、なかなか解脱できませんでした。そこで、一緒に修行していた5人の仲間に、「自分は、中道をいく」と宣言され、坐禅の行をおこなって、悟りを得られました。
 中道とは、人生の大道です。走らず、止まらず、ゆったりと歩む道です。しかし、あたりまえのことを、あたりまえにおこなうことは、意外とむつかしいことです。つい、怠けたり、つい、はりきりすぎたり・・・。 
 免疫系のバランスも、人生と同じです。バランスがわるいと、病気になってしまいます。

3) 免疫寛容の教え

 免疫寛容とは、宇宙にひとつしかない「自己」が、自分以外の「非自己」を受け入れる現象です。例えば、母親がお腹のなかの「非自己」である赤ちゃんを排除しないのは、免疫寛容です。
 また、食物が消化・吸収されるときに、時に、消化されずに、大きな分子量のままで吸収されることがあります。例えば、牛乳をのむと、微量のアルブミンがそのままで血管内へ吸収されています。もし、牛乳を人間の血管内に直接注射すると、つよいアレルギー反応をおこして、大変なことになります。
 しかし、人体は、腸から吸収されたものに対しては、拒絶反応を示さないのです。腸から吸収された牛乳に対しては、免疫反応がおこりません。これを、経口的免疫寛容とよんでいます。
 昔、漆職人は、漆を食べることによって、漆のかぶれから身を守っていたそうです。経口的免疫寛容を利用すれば、そのうち、花粉症の人は、花粉を食べることにより、花粉症が治るようになるかもしれません。
 このように、免疫系は、厳密に「自己」をまもる一方で、「非自己」との共存も認めています。
 免疫寛容とは、「自己」以外のものを排除せずに、受け入れる智慧です。「自己」を健康に保つためには、「非自己」との共存が不可欠だと教えてくれているのです。

4) 免疫と寿命

 歴史人口学という新しい学問によれば、縄文時代、弥生時代、江戸時代、昭和とくに戦後以降の4回、日本の人口が急激にふえています。その間は、人口は、ほぼ横ばい状態で、特にふえることはありませんでした。稲作の開始、市場経済化、近代工業化などにより、食糧生産が増えたことが、その時々の要因でした。
 しかし、抗生物質の発見されていなかった戦前までは、免疫力の低下がそのまま個人の寿命につながっていました。太古より、肺炎、結核、感染性腸炎、天然痘、マラリアなどの感染症が、人類最大の死因でした。「国民衛生の動向」によれば、統計を取り始めた1899年から1947年までは、肺炎と結核が、日本人の死因の第1位と第2位を占めていました。
 中世のヨーロッパで流行ったペストでは、人口の3分の1が死亡し、20世紀の初頭に流行ったスペイン風邪(インフルエンザ)では、世界中で4000万人が死亡したといわれています。
 ヒトのT細胞を生み出す胸腺は、10代の後半に最大となり、その後、年とともに萎縮してきます。40歳では、ほぼ半分、80歳では、ほとんどが脂肪化してしまいます。従って、胸腺で作られるT細胞の数は、年とともにどんどん減少してきます。
 このことは、ウイルス感染細胞やがん細胞を攻撃するT細胞の数が減るということです。その結果、年とともに、感染症やがんにかかりやすくなってしまいます。
 人間の寿命は、最大125歳といわれていますが、免疫力のすぐれた人のみが、80歳を越えられるのだと思います。

5) アレルギーがふえた理由

 最近、飼犬も、人のフケに対してアレルギーをおこすことが報告されました。犬も人間なみに、アレルギーに悩んでいます。しかし、野生を失い、工場生産されたペット・フードを食べはじめた事が、飼犬がアレルギーになった原因だと思います。
 Bリンパ球に抗体をつくらせるヘルパーT細胞に、Th1細胞とTh2細胞とがあります。Th1細胞は、IgGという細菌に対する抗体をつくらせます。Th2細胞は、IgEというアレルギーをおこす抗体をつくらせます。そして、このTh1細胞とTh2細胞とは、互いに抑制的に働いています。一方の働きがつよくなると、他方は弱くなるのです。
 人間でも、アレルギーが増えてきたのは、最近のことです。昔の子供は、みんな鼻水をたらしていました。手で鼻をぬぐうので、服の袖が、てかてかになっていたものです。これは、鼻炎や副鼻腔炎が常にあったということです。
 現代の日本は、異常なほどの清潔志向です。抗菌グッズが売れています。また、世界の中で最も多く抗生物質を使っているのも、日本です。養殖される魚、鶏、牛、豚などの餌にも、必ず抗生物質が含まれています。 
 今や日本は、細菌感染が大幅に減った社会です。その結果、Th1細胞への刺激が減り、Th2細胞の方が、相対的に優位となりました。つまり、アレルギーをおこしやすくなったのです。これは、人でも犬でも同じです。
 また、Th1細胞が減れば、がんができやすくなります。アメリカでの調査で、抗生物質を常用している婦人は、乳がんに2倍かかりやすいと報告されました。
 藤田紘一郎(寄生虫学者)さんは、「体にいい寄生虫」という著書のなかで、アレルギーを減らすために、一つは、BCGを注射することをすすめています。BCGにより、Th1細胞の活性があがります。もう一つは、身体のなかに、いい寄生虫を飼うことです。寄生虫のために、身体は多量のIgEをつくりますが、これが肥満細胞の表面に前もってくっつくため、アレルギーをおこすIgEをブロックできるのです。
 昔は、結核と寄生虫が多かったために、アレルギーが少なかったといえます。
人間は、細菌と共存した方が免疫力が高まります。子供も、重症にならないかぎりは、時には熱を出した方が、免疫力が鍛えられていいのです。
 ただし、Th1細胞が多すぎると、今度は、自己免疫疾患がふえてきます。やはり、免疫は、バランスが大切です。

6) 免疫力を高めるには

 免疫力は、まさに身体の総合力です。毎日、いい生活習慣をつみ重ねることによって、はじめて、十分な免疫力が形成されます。
 免疫力をしっかり保つためには、食事、運動、睡眠、入浴などの生活習慣の改善、禁煙、疲れ・ストレス対策、および病気の治療などが重要です。

淡色野菜を摂る:白菜、キャベツ、白ネギなどの白い野菜には、TNF(抗腫瘍因子)などの免疫力を高める働きがあります。抗酸化力のつよい黄緑色野菜だけでなく、白い野菜も積極的に食べましょう。
砂糖はなるべく摂らない:白血球の働きを低下させるといわれています。
魚油(EPA、DHA)をとる:青身の魚に多く含まれています。アレルギー反応を抑える働きがあります。
ストレス対策:ストレスはまさに免疫の大敵です。NK(ナチュラル・キラー)細胞とは、がん細胞やウイルス感染細胞を破壊する細胞ですが、ストレスがつづくと、このNK細胞の活性が約1/2に低下します。
笑う:笑うと、NK細胞の活性が上昇するというデータがあります。世界で最も長生きしたフランスのカルマン夫人(122歳)は、長生きの秘訣として「退屈しないことと、よく笑うこと」をあげています。
適度な運動:運動は、最も確実にNK細胞の活性を上昇させます。ウォーキングなどの有酸素運動が、最適です。激しい運動は、かえって、NK細胞の活性を低下させます。運動のやりすぎに注意して下さい。プロの運動選手は、概して短命です。丈夫な大木より、しなやかな柳の枝の方が、折れないのです。
睡眠を十分に:睡眠中に、日中痛んだ組織が修復され、免疫力が回復します。一日、7時間程度の睡眠が必要です。
ぬるま湯で入浴を:39℃~40℃のお湯にはいると、NK細胞活性が2倍になるといわれています。ただし、この効果は、入浴後2時間までです。
禁煙を:喫煙者のNK細胞活性は、禁煙者の数分の一という報告があります。
風邪をひかない:風邪は、本当に万病のもとです。風邪をひいている時は、身体の免疫力が低下しています。免疫力がおちてくると、こじれて肺炎となります。また、以前、指先に針を刺した程度の傷で、敗血症になった患者さんがおられました。その時、風邪をひいていたのです。
糖尿病のコントロールを:糖尿病の方は、免疫力が低下しています。肺炎になった時に、なかなか薬が効かなかったのが、糖尿病が良くなったとたんに、肺炎も良くなった患者さんが、何人もおられました。
 その他、肝硬変、低蛋白血症(栄養不良)、免疫不全(とくにステロイド剤を服用中の方)などの患者さんも、免疫力が低下していますので、要注意です。
口腔内を清潔に:犬や猫よりも、人間の口の内の方が、雑菌が多いそうです。お年寄りは、夜、寝ている間に唾液を誤嚥し、肺炎になることがよくあります。寝る前の歯磨きやうがいは、必須です。
 また最近、歯肉炎や歯槽膿漏から、血管内へ病原菌(クラミジアなど)がはいり、血管壁で炎症をおこして、動脈硬化の原因となる可能性が指摘されてきました。食物を噛むことにより、口のなかには小さな傷が多数できます。そこから、食後には、約100個の細菌が血中にはいるそうです。口腔内だけは、いつも清潔にしておくべきです。

7) 道元の言葉

 曹洞宗の開祖、道元は「正法眼蔵」のなかで、次のような有名な言葉を述べています。

 「仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落(とつらく)せしむるなり。」

 自己をならうということは、自己をわすれてしまって、万法=宇宙の法によって、生かされることで、そうすることによって、脱落=何事にもとらわれない空の境地に到ることができるのだと説いています。
 道元の言っていることは、まさに免疫の仕組みと同じだと思いませんか?
 胸腺のなかで、「自己」と「非自己」とを区別するTリンパ球が生まれる時、「自己」と反応する細胞のみが消去され、つまりひたすら「自己」が消されていって、最後に残った細胞は、宇宙そのものともいえる1兆種類もの膨大な「非自己」と反応できるという免疫の仕組みと、同じ事を言っているように思います。
 道元の直覚と、生命の神秘とが、期せずして一致しています。私たちは、「自己」を消すことによって、宇宙のなかで生かされているのです。