2006年(平成18年)11月28日
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XIX 骨を丈夫に

 昔、病院に勤務していた頃、心肺停止状態の患者さんが、救急車で時々運ばれてきました。救命救急室で、人工呼吸をしながら、心臓マッサージを始めたとたんに、「バキィバキィ」という音がしました。肋骨が折れた音です。骨粗鬆症があると、心臓マッサージで肋骨が折れるのです。心のなかで「ごめんなさいね」といいながら、「命を助けるためには」と思って、1時間でも2時間でも心臓マッサージをしていました。
 今回は、骨粗鬆症のお話です。骨粗鬆症は、女性に多い病気です。女性にとっては、強い骨をつくるための10代後半~20代前半の時期、更年期前後の40代後半~50代前半の時期、そして、転倒や骨折がおこりやすくなる70代以降の三回大切な時期があります。
 若い頃にダイエットばかりして、骨を丈夫にしておかないと、年をとってからの苦労が目にみえています。骨粗鬆症も、典型的な生活習慣病です。
 なお、男性も女性より20年遅れて、骨粗鬆症になります。
 骨も生きています。毎日、新陳代謝がおこなわれています。骨は、外からは見えませんが、見えないものも大切にするという気持ちが大切です。

 
1) 骨の進化


 40億年前に、地球上に生命が誕生して以来、35億年もの間は、生命は微生物のみでした。5億5千万年前(カンブリア紀)になり、海の中に、多彩な格好をした生物が大発生しました。これが、カンブリア紀の大爆発と呼ばれている現象です。その中で、硬い殻(外骨格)をもった動物に混じって、背骨(内骨格)をもった動物がいました。数では、少数派でしたが、「人間につながる脊椎動物の祖先」でした。
 4億5千万年前(シルル紀)になると、淡水に適応した魚類があらわれ、3億5千万年前(デボン紀)には、陸上へあがる両生類が出現しました。
 その時、淡水中や陸上では、ミネラル不足となる危険性がありました。しかし、私たちの祖先は、骨の中に、海の成分すなわちカルシウムなどのミネラル分を蓄えることで、うまく環境に適応することができました。
 骨は、遠いとおい古代から、ずっと生命の進化に、重要な働きをしてきたのです。

2) 骨の構造と機能

 骨は、硬さと柔軟性をそなえた鉄筋コンクリートです。骨は、外部にある皮質骨と内部にある海綿骨からなります。皮質骨は、緻密で水分が少なく、硬い部分です。海綿骨は、網目構造をしており、水分を含み、柔軟性を発揮します。
 骨は、コラーゲン繊維のまわりに、カルシウムやリン酸などのミネラルが塗り固められて形成されます。成人でも、お年寄りでも、日々、古い骨が吸収され、新しい骨が形成されています。この、骨をつくる細胞を、骨芽細胞とよび、骨を吸収する細胞を、破骨細胞とよびます。
 つまり、骨をつくることにより、血液中のカルシウムを骨に取り込み、骨を吸収することにより、カルシウムを血中に放出しているのです。こうして、血液中のカルシウムの濃度が一定に保たれるようになっているのです。
 しかし、年をとると、とくに女性の閉経期以降は、性ホルモンの急激な減少により、骨芽細胞と破骨細胞の働くバランスがくずれてきます。骨吸収のほうが、多くなってしまいます。これが、骨粗鬆症です。
 なお、サル、犬、ネズミなどの動物では、寿命がつきるまで、性ホルモンは、高濃度に保たれているそうです。従って、骨粗鬆症はおこりません。骨粗鬆症は、人間だけに特有の病気です。

3) 骨粗鬆症の症状

 骨粗鬆症の初期症状は、動き始めの痛みです。安静時には、あまり痛みは感じません。例えば、朝目覚めて起きるときに、腰や背中が痛くて、すぐに起きれなくなります。また、重い荷物をもつと、いっそう痛みます。
 骨粗鬆症がすすんでくると、背骨が変形し、背中が曲がってきます。いわゆるねこ背(亀背)となります。また、身長も短くなってきます。
 そして、一番こわいのが骨折です。もろい骨は、少しの外力ですぐに骨折してしまいます。

4) 転倒・骨折

  高齢者の転倒・骨折は寝たきりにつながります。これを防ぐためには、骨を丈夫にするとともに、転倒しないようにすることが大切です。
 東京大学と暮らしの手帖編集部の合同調査で、転倒した282人のうち、約8割の人が家の外で、約2割の人が家の内で転んでいました。
 転んだ場所で、一番多かったのは、家の外では、ふつうの道路、ついで階段でした。階段では、降りるときに断然多く転んでいました。また、もっとも転びやすい履物は、サンダルでした。
 家の内では、階段がもっとも多く、その他、部屋の境目、敷居、じゅうたんの端、電気コードなど ちょっとした段差でもつまずいていました。もちろん、風呂場など濡れた場所も危険でした。
 骨折しやすい部は、大腿骨頸部、脊椎骨および手首の三箇所です。このなかで、大腿骨頸部の骨折が、寝たきりにつながります。
 なお、人類が、二足歩行を始めたときに、大腿骨頸部には、体重の3倍にもなる衝撃がかかるようになりました。それを吸収するため、人類は、大腿骨頸部の断面構造を、皮質骨を薄くし、かわりに柔軟な海綿骨を多量に増やすということで適応しました。しかし、そのために、外力に対して、折れやすくなってしまったのです。進化も、どこかで負の遺産を背負っているのです。ちなみに、チンパンジーの大腿骨頸部は、皮質骨が厚く、海綿骨は少量です。
 また、転んでしまった場合には、柔道の受身のように、頭と背中を丸めて、ごろんと一回転するのが安全です。決して、手や足で踏ん張ろうとしないことです。
 また、最近、大腿骨頸部の外面を覆うヒップ・プロテクターが発売されています。これを着けていれば、たとえ転んでも、骨折のリスクを大幅に減らせます。

5) 食生活

カルシウム:カルシウムは、毎日100~200mgが、尿、便、汗などに排泄されています。しかし、カルシウムの吸収効率は悪く、摂取量の1/3程度といわれています。従って、200mgを補うためには、一日のカルシウム摂取量は、600mgが必要です。
 効率のよいカルシウム源は、乳製品です。牛乳1杯で220mg、ヨーグルト1カップで200mg補給できます。もちろん、小魚、大豆、小松菜、ごま、ひじきなどもおすすめです。
ビタミンD:ビタミンDは、腸管からのカルシウムの吸収を促進し、血液中のカルシウム濃度を一定に保つ働きがあります。しかし、活性型のビタミンDとなるためには、日光にあたる必要があります。日光にあたる時間は、1日10~15分程度で十分です。
 ビタミンDを多く含む食品は、しいたけ、いわし、かつお、ぶり、レバー、卵黄などです。
ビタミンK:ビタミンKの摂取量が少ない人は、骨粗鬆症になりやすいことがわかっています。ビタミンKは、骨芽細胞による骨形成を促します。
 納豆は、ビタミンKの豊富な食べ物です。納豆消費量の多い東日本では、大腿骨頸部骨折が西日本よりも少ないというデータがあります。納豆や味噌のような発酵食品がおすすめです。
大豆イソフラボン:大豆イソフラボンは、女性ホルモンと類似の構造をもち、女性ホルモン受容体に結合します。そして、骨吸収を抑制します。

6) 運動

 骨に負荷をかけるほど、骨は丈夫になります。宇宙飛行士が宇宙へいくと、無重力のため、骨に負荷がかかりません。そのため、多量のカルシウムが尿中にでて、骨は短期間で骨粗鬆症となります。これを防ぐため、宇宙飛行士は、毎日リハビリ訓練をしています。
 骨を鍛える運動でよいのは、縄跳びのようなジャンプ運動と、大股で歩くウォーキングです。手軽なのは、ウォーキングの時に、大股で早歩きすることです。ウォーキングのすすめ(2006年1月28日版)も参照してください。
7) ジャパニーズ・パラドックス

 大腿骨頸部骨折の発生頻度は、アメリカの年間約30万人に対し、日本では、年間約8万人です。体格、カルシウム摂取量、骨密度のいずれもが、日本人の方が劣っているのに、骨折の頻度は、日本人のほうが低いのです。これを、ジャパニーズ・パラドックスといいます。
 その理由として、日本古来からの畳の生活がいいのではないかといわれています。つまり、「座る、しゃがむ、立つ」をくりかえす生活が、ふだんから足腰を鍛えることになっているのです。布団の上げ下ろしや和風トイレも効果的です。
 また、魚食(カルシウム)、納豆(ビタミンK)、豆腐(イソフラボン)などの食習慣も有益と思われます。
 西洋風のベッドやイスの生活は、便利なようで、かえって骨折をふやしています。ベッドから落ちて、骨を折ったという話はよく聞きますが、布団から落ちたという話は聞きません。先日も、ふだんは布団で暮らしているお年寄りが、ショートステイで老人ホームに入所した際、ベッドから落ちて入院となりました。
 日本のいい生活習慣は、将来に残したいものです。

8) 徒然草

 最近、徒然草を読んでいて、気がついたことは、「無常」を説いている書なのに、意外と、医療や養生に関する記載が多いことです。日常の生活のなかに、「死」を意識しろと強調している一方で、病気にならないよう気をつけろと言っているのです。兼好法師のすごいところは、「死」があるから「往生」を願うのではなく、「死」があるから「生」を楽しむ(存命の喜び 日々に楽しまざらんや)という現実主義、合理主義にあると思います。
 例えば、
 第百二十三段
 「思ふべし、人の身に止むことを得ずして営む所、第一に食ふ物、第二に着る物、第三に居る所なり。人間の大事、この三つには過ぎず。餓えず、寒からず、風雨に侵されずして、閑(しづ)かに過すを楽しびとす。ただし、人皆病(やまい)あり。病に冒されぬれば、その愁(うれへ)忍び難し。医療を忘るべからず。薬を加えて、四つの事、求め得ざるを貧(まづ)しとす。この四つ、欠けざるを富めりとす。この四つの外を求め営むを奢(おご)りとす。」
 兼好法師からみれば、人間、衣食住に薬がそろっていれば、みんな裕福なのです。今の日本人は、四つの外を営み、欲求が多く、贅沢を求め、かえって気持ちが貧乏になっているようです。