2006年(平成18年)10月28日
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XVIII  呼吸法あれこれ

 人類は、アフリカ大地溝帯の東側で誕生したというイーストサイド物語に対し、最近、人類は、水辺で誕生したというアクア仮説がでてきました。アフリカ北西部のチャド湖周辺より、700万年前の人類とおもわれる化石がでてきたためです。
 その説によると、敵に襲われたときに、湖にとびこみ、息を止めたり、水にもぐったりしたことが、人類が自分の意志で呼吸をコントロールできるようになった始めだそうです。
 今回は、いつでも、どこでも、手軽にできる健康法として、最も古い歴史をもつ呼吸法につき、考えてみました。なお、今回は、呼吸法入門です。詳しいことは、それぞれの解説書を参照して下さい。

1) 人間の呼吸
 
 私たちが、呼吸をする時に働く呼吸筋には、息を吸うための吸気筋と吐くための呼気筋とがあります。吸気筋には、横隔膜と外肋間筋などが、呼気筋には、腹筋群と内肋間筋などがあります。
 吸気筋のほうが、強力なため、息を吐くよりも、吸うほうが楽です。
 なお、安静時や睡眠時などの、無意識下での呼吸には、横隔膜のみが働いており、呼気は、肺の弾力で、自然におこなわれています。
 人間を含め、哺乳類のみが、横隔膜をもっており、吸気主体の呼吸をおこなっています。
 ところが、ヘビやトカゲは、肋間筋をつかった呼気が主体の呼吸だそうです。おもしろいことに、これは、禅の呼吸(後述)と同じです。

2) ヨーガの呼吸法

 ヨーガの歴史は、4000~5000年も前にさかのぼります。インド人は、輪廻転生を信じており、解脱志向がつよいといわれています。ヨーガは、解脱に到るための修行の手段として、発達してきました。
 ヨーガの呼吸法の原則は、「呼吸に意識を向ける」ことと「ゆっくりと息を吐く」という二つです。呼吸に意識を向けるほど、呼吸はゆっくりとなります。
 ヨーガの代表的な呼吸法に、一対四対二の呼吸法があります。息を吸うのを一、止めるのが四、吐くのが二です。例えば、吸う三秒、止める十二秒、吐く六秒といった具合です。これを、だんだん長くしていきます。
 ヨーガの呼吸法では、クンバカ(止息)を重視しており、いかに長く息を止めれるかが、修行の成果となります。ちなみに、息止めの世界記録は、6分40秒だそうです。
 さらに、呼吸法には、下部呼吸法、中部呼吸法、上部呼吸法、安息呼吸法、完全呼吸法など、修行のレベルに応じて、多数の呼吸法があります。
 しかし、医学的にみて、問題点もありそうです。吸気状態で、息を止めると、胸腔内の圧があがり、末梢から肺へ戻ってくる静脈血が、減少します。そうすると、心臓より拍出される血液の量が減ります。全身の循環がわるくなります。
 健康のためのヨーガは、あまり長く息を止めない方がいいと思います。

3) 気功の調息

 気功の歴史も古く、紀元前1000年に著された「易経」にすでにまとめられています。
 気功では、調身、調息、調心を重視します。「ゆるむ?感じる(気持ちがいい、楽な)?自然にうごく」が気功の基本です。
 気功の呼吸は、ゆっくりとした自然呼吸です。ゆっくり吸って、ゆっくり吐きます。身体の内部にたまった有害物や毒素を吐き出し、新鮮な外気を取り込み、それを経絡をとおして、身体のすみずみに行きわたらせます。
 心臓もゆっくりさせ、身体の新陳代謝をおさえて、寿命を延ばすのが、目的です。
 ゆっくりとしたあくびも、呼吸法のひとつです。また、両手を左右に開いて息を吸い、両手を閉じて息を吐く呼吸法や、両手を頭上にあげて息を吸い、下におろして息を吐くというやり方など、いろいろありますが、あくまでリラックスしておこないます。
 医学的に、あくびは、肺胞の虚脱を防ぐのに有効です。とくに、仕事がデスク・ワーク主体の方や、ストレスの多い方は、呼吸が浅くなっています。呼吸が浅いと、肺胞がつぶれ、換気量が減少してきます。時々は、あくびをして下さい。
 気功は、忙しくて、ストレスの多い方に、向いていると思います。

4) 釈尊の呼吸法

 お釈迦さまは、今から約2500年前の方です。29歳で出家し、35歳で悟りをひらくまで、ずっと苦行を続けていました。しかし、肉体の苦行からは、何も得られないと考えられ、ブッダガヤの菩提樹の下で7日間、足を組んで瞑想され、まもなく悟りをひらかれました。
 その後、釈尊がおこなっていた呼吸法が、大安般守経というお経に残っています。
 「弟子たちよ、入息出息を念ずることを実習するがよい。かくするならば、身体は疲れず、眼も患まず、観へるままにたのしみて住み、あだなる楽しみに染まぬことを覚えるであろう。」といわれ、正しい呼吸こそは、悟りへの道と説かれました。
 釈尊の呼吸法は、数息、相随、止、観、還、淨の六段階からなっています。
 最初の数息(すそく)とは、「ヒトーツ」、「フターツ」と数をかぞえながら、ゆっくり息を吐きます。これを、一から十まで、くりかえします。この時、意識は、呼吸に向けられているので、雑念はおこりません。
 次の相随(そうずい)では、数をかぞえなくても、もっとながい呼気ができるようになります。
 さらに、止では、意(こころ)を安定させ、観では、不必要な念(おもい)を意から離れさせ、還は、意を一つに向け、浄は、以上を実践する といわれています。
 釈尊は、出息長・入息短の呼吸を重視されました。とりわけ、ゆっくりとした長い呼気が大切です。これを、アナパーナ・サチの呼吸法といいます。サンスクリット語で、anaは入息、apanaは出息、satiは守意という意味です。
 「ゾウの時間、ネズミの時間」という本によれば、あらゆる動物は、一生の間に5億回の呼吸をすると寿命がつきるそうです。早く息をすると、寿命はちぢまり、ゆっくりと息をすると、寿命は長くなります。
 釈尊は、当時としては異例の、80歳まで長生きされました。35歳から、一生つづけていたアナパーナ・サチが良かったのでしょうかね。

5) 禅の丹田呼吸法

 禅は、6世紀の中国の達磨大師にはじまり、鎌倉時代に日本にはいってきました。
 坐禅を組むとき、丹田呼吸をしますが、これは釈尊の呼吸法が原型です。
丹田とは、臍下4~10cm、表面より10cmほど中へはいった下腹部です。
 鼻から吸った息を、下腹部の腹筋に力をいれながら、ゆっくりと口(または鼻)から吐いていきます。この時、上腹部には、力がはいらないようにします。また、吐きながら、だんだん肛門を閉めていきます。なお、吐く時には、少し前かがみの姿勢をとります。
 意識を吐くことに集中して、十分に吐ききると、吸気は、リラックスした状態で、自然と空気がはいってきます。なお、吸気の初めには、肛門の力をゆるめ、姿勢ももとにもどします。
 吸気:呼気の時間は、1:2から始めて、徐々に1:4くらいにしていきます。
 丹田呼吸法をしている時には、脳波はα波(リラックス波)になっています。そして、丹田呼吸をおえたあとには、すっきりとした爽快感が残ります。
 大人の安静時の一回換気量は、男女とも約500mlです。この時には、横隔膜しか働いていません。しかし、腹筋をつかった丹田呼吸では、さらに男では1700ml、女では1000mlほど、息を吐くことができます。
 人間の鼻から気管支までの間は、死腔とよばれ、約150mlあります。死腔は、換気には関係しません。従って、「ハアーハアー」とした浅い呼吸では、十分な換気ができません。
 丹田呼吸法は、健康な時でも、慢性閉塞性肺疾患などの病気になった時でも、役立つ呼吸法です。
 なお、吸気は必ず鼻からです。外気中の埃や細菌を浄化し、空気に温度と湿度を与えるためです。口呼吸は、有害です。また、呼気も、体内からの水分の蒸発や熱の放散を抑えるためには、鼻の方がいいといわれていますが、ゆっくりとした呼気は、口の方がやり易いようです。

6) 恐竜の気嚢システム

 今年の夏、東京であった「世界最大の恐竜博」をみてきました。中生代ジュラ期に棲息していたスーパーサウルスの実物化石は、全長33mもあり、感激しました。
 スーパーサウルスの長い頚骨から肋骨にかけて、骨のなかに空洞が多数ありました。これは、恐竜が、気嚢システムをもっていた証拠だそうです。現在では、鳥がもっている呼吸システムです。
 気嚢システムとは、肺の前後に空気のはいった気嚢があり、呼気のときにも、後ろの気嚢から、肺へ新鮮な空気が流れ込んできます。そのため、吸気でも呼気でもガス交換ができます。非常にすぐれた呼吸システムです。
 恐竜が誕生した中生代三畳紀は、酸素濃度が低い時代でしたので、環境に適した気嚢システムをもった恐竜が進化したのです。
 酸素濃度があがってきたジュラ期には、効率のよい呼吸システムのおかげで、恐竜は巨大化でき、スーパーサウルスの寿命は、100~200年もあったといわれています。

 呼吸法がいいと、寿命を延ばすことができるかもしれません。お寺のお坊さんの平均寿命が最も長いのも、ひょっとしたら、精進料理だけでなく、呼吸法がいいのかもしれません。毎日おこなう読経は、典型的な出息長の呼吸法です。