"絵画にみる中原"
についての考察
平成25年 3月 3日
☆ この絵に見覚えがありますか ? ホームページトップの画像をマウスオーバした時のものです。
雅号「松堂」作、大正時代制作のものと推察されます。 渡し船での往来風景で、橋もありません。
下の原・津下宗雄氏 提供
一部拡大してみました
○左上から 龍の口の山並
○ 右のブルーかがつた山並 操山山系 ○ 背景に 芥子山 か ?
○ 土手からの階段は、ほぼ現在の位置
○ 松林あたり 現在の御荒神さま ○ 右手の雑木林 御涼所あたり
○ 現在のコンクリート製中原橋は、この絵では右端の近辺から架設、昭和時代の木造の橋は約10メートルほど上手に架設されていました。
○ 「渡し船」での往来の風景、 「渡し船」には2名が描かがれている。 高瀬船よりちっちゃな櫓で漕ぐ平底の船が描かれている。
○ 昭和40年代初期まで、このような船着場の風景が残っていました。 船着場はは河川の氾濫で位置が微妙に変化していました。
○ 対岸の船山か、牧石小学校あたりからの描写風景