西大寺軽便鉄道の思い出(財田駅)

西大寺軽便鉄道は明治44(1911)年7月22日西大寺(現西大寺バスセンター)ー長岡(現JR東岡山駅)間で開業しました。翌年(明治45(1912)年1月28日)森下まで開通した。ついで、大正4(1915)年9月15日後楽園(現夢二美術館や前の広場)まで開通した。狭軌の鉄道で線路幅は91.4cm(3フィート)でした。昭和37(1972)年9月8日、JR赤穂線(東岡山ー相生間;西大寺、備前片上、赤穂経由)の開通(1972年9月1日全線開通)により役割を終えた。当時の国鉄関係者の家に残っていた写真で最後の日など見てみよう。
上図は軽便鉄道の線路図
駅名
後楽園、 森下、 原尾島、 藤原、 大師、 財田、 長利、 大多羅、 広谷、 西大寺
山陽本線、東岡山駅(赤穂線開通以前は西大寺駅と云う)で財田駅と連絡(接続)していた。
 上図で、当時は百間川の中では狭い水路以外は水田耕作されていた。
 原尾島の駅の近くに昔は競馬場があった。
西大寺軽便鉄道  財田駅 財田駅ホームで別れを惜しむ人たち


軽便鉄道の貨物車 軽便鉄道の旅客列車

赤穂線が開通したときの東岡山駅 当時(昭和37年)の乗用車