わが町の名所・旧跡

名所・旧跡;今村宮、白鬚宮

今 村 宮

今村宮は建武元年(一三三四年)のご創建であり、岡山市内の広域にわたる産土(▼うぶすな)神杜です。岡山市の中心部である内山下の榎の馬場(現在の岡山県庁前)に、奥州白川の城主である菖蒲七郎左衛門の子・正寿が勧請しました。
天照大御神、八幡大神、春日大神の三神を奉祀したので、「三社明神」とか、「三杜宮」と称せられました。そして、約二百五十年にわたり、岡山市の中心部の産土の大神として崇敬されておりました。天正八年(一五八○)、岡山開府の祖といわれる宇喜多直家が岡山城城郭を拡張するにあたり、付近の土地を整理・移転しました。そこで、三社明神は今野村に祭られている八幡宮にご遷宮することになりました。その時、二つの神杜は合祀され、現在の今村宮となりました。
今村宮はこのような歴史のため、二つの大きな地域に氏子があります。三社宮、三社明神といわれていた当時よりの氏子は、岡山市中心部である内山下(水の手、相生、元町)、大炊殿(現在の川崎町)、橋本町、荒神町、中之町、下之町、栄町、紙屋町、西大寺町、新西大寺町、細堀、千日前、天瀬、中山下、高砂町、仁王町、常磐町、中央町、柳町、田町、下出石、下石井、下西川、桑田町などです。多少の変化はありますが、今日でもなお今村宮の氏子です。また、急速に開け発展しようとする今、竹通、大野辻、上中野、下中野、野崎、新中野町内の鎮守さまとして私たちをお守りくださっています。
明治十六年、今村宮は県社に列しました。昭和三十年三月、本殿が岡山県重要文化財に指定された。 鎮座地:岡山市今4-3-5

 

白 鬚 宮

由緒と沿革:
現社地は、大昔、海であった当時の松の島と呼ぶ一孤島であったが、今は稲田に囲まれてその面影はない。この松の島へいまより五百五十年程前に社殿を創設したのが白鬚宮である。その後文亀永正(1501~1520年)の頃、大洪水があって社殿は南方の辰巳村(現在の辰巳)へ流れたので、氏子一同は、同地の法華宗昌林寺に構えてしばらく祀っていたが、寛永十三年(1636年)氏子一同が協議して元の松の島に社殿を建て、神霊をお迎えして旧に復することができた。今から百五十年前再び社殿を改築したが、拝殿は三十八年前の改築である。終戦後はどの神社も同じように一時は参拝する人さえ無いくらいまで放任されたが、次第に元の姿に帰ってきた。(今村史より  昭和30年9月 発刊 ) 鎮座地:岡山市中仙道182

2004/8/12記

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