「ふるさと平井」シリーズ№26を掲載

投稿日:2021年7月1日

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平井学区コミュニティ協議会発行
「ふるさと平井」から
(シリーズ№ 26 p.180-189)

       第5章 開けゆく平井

岡山市立平井小学校
設立の経緯と開校 上道郡平井村が岡山市に編入されてから20年後、ようやく私達の学校と言える岡山市立平井小学校が、昭和26年4月開校された。そのきっかけは、戦後の農地法公布により、岡山土地倉庫株式会社の所有する俗に三万坪と言われた土地が解放されたことである。それまで平井地区に小学校をもたなかった地区民は操南小学校と旭東小学校に分かれて通学し、大変な不便を感じていた。学校が別々だったことは地区民同志の心の交流が乏しく融和の機会も無かった。地区の人口も増加するに従い住民の心の拠り所となる場の要望が強くなった。このような住民の要望が昭和21年の農地改革を期に盛り上がったのである。小学校敷地予定地の耕作者による平井小学校敷地期成会を設け宇治郷実氏を会長に推し、敷地確保に努めることになった。所有者である岡山土地倉庫株式会社社長末長勢一氏の理解もあり、耕作者はその土地全部を小学校新設のため岡山市へ寄付することになった。
川東・四軒屋・市場・北川・上平井の各農家組合の耕作者や土地倉庫関係者の全面的な協力により、旧三万坪南西端の一角に、1万㎡余りの敷地が確保された。

平井小学校(昭和31年)

さて、平井小学校建設用地は確保できたが、新設校を開校するための児童数が当時の基準に達しなかった。そこで児童数の増加策として学校建設予定地の一角に市営住宅を建設し、入学予定児童数の増加が図られたのである。(現在の体育館、プールの場所に建てられていた30戸の市営住宅のことである。)吉岡虎男氏・吉岡三平氏、田面寛氏等児童数増加策に奔走され、難波徹氏を会長に推薦し、平井小学校設置期成同盟会が設けられて対市交渉を着々と推進していった。学区民の熱意が市当局に認められ昭和25年度予算で、木造平屋建1棟4教室と付属建物172.93坪の建設が決定し、松山組が建設工事を請負い、昭和25年12月になって着工された。翌3月10日の竣工予定が遅れ、第1校舎の4教室だけが4月6日の入学式に間に合い、開校前日には婦人会や青年団の奉仕活動で清掃や児童を迎える準備が行われた。
昭和26年4月6日岡山市で16番目の小学校として開校、1年から3年まで154名の児童と6名の職員で発足した。当初の職員は校長・学級担任3名・用務員、給食調理員各1名の計6名で分校ほどの小規模学校であった。初代校長和気茂雄先生、PTA会長田面寛氏のご苦労は大変であったと思われる。運動場となるところは草ぼうぼうで、雨が降ると池のような水溜りが方々にでき、秋の運動会前はPTAの奉仕作業で、草削りや山土の地ならしをし、どうにか運動会ができるようになった。そうして初めての学区体育大会が和気藹藹(わきあいあい)のもとに開かれた。大人、子供を混ぜた町対抗の綱引きでは新調の綱引ロープが切れるまで熱気が盛り上がった。また秋祭りの夕べは開校祝賀平井学区大演芸会が開催され、学区民の心の拠り所ができた喜びが溢れ、平井学区の前途を象徴しているかのようだった。

(平成5年)

沿 革 第2期の建築は昭和27年4月完成。木造平家5教室と便所倉庫などで、これで5・6年生も操南及び旭東小学校から迎えることができ、全学年そろった独立校として体裁が見えてきた。しかし音楽教室や理科教室などの特別教室も体育館もなかったため不便なことが多かった。
大勢が集まる学校行事などを行うときは、教室を仕切っている戸板を取り払い2教室を続けて仮講堂とした。仮講堂造りは大変な作業だった。大きな黒板や掲示板を取り外し、机椅子の移動まで全校で会場造りの作業をした。 以後沿革の概要を略記す。
〇昭和28年3月20日 第1回卒業証書授与式が挙行され、卒業生71名が巣立った。この歴史的な卒業式は仮講堂で行われた。
〇昭和29年4月 1教室増築理科教室に使用。
〇 昭和29年10月 校門が完成し学校らしくなる。
〇 昭和32年3月1日 創立5周年記念式を挙行し、平井小学校校歌の発表をした。作詞は当時の第2代校長西崎隆之助先生、作曲は盲人作曲家小坂久夫氏。発表当時は平井小学校行進曲として発表されたが、 その後いつしか校歌と呼ばれるようになった。
〇昭和38年7月 プール完成。 平成4年度まで31年間使用。このプール完成前の水泳指導は旭川で実施されていたが川の汚染が年々増し数年で中止。高学年を対称に瀬戸内海の本島で2泊3日の合宿をし水泳指導をするようになる。その後渋川の海事研究所や日応寺の岡山市立少年自然の家が開設され、高学年の学校行事は海の学校、山の学校へと移行した。
〇昭和41年3月 体育館建設。平成5年2月新体育館建設まで使用。
〇昭和52年3月 新校舎第1期工事完成(4階建8教室)
昭和59年7月 新校舎第2期工事完成 普通教室4、特別教室4(図工、家庭、理科、音楽)
〇昭和61年3月 新給食棟完成
〇昭和62年12月10日 新校舎第3期工事竣工 普通教室6、特別教室(図書、理科、音楽)管理諸室、新校舎が完成し理想的な教室で教育が受けられるものと思ったのも束の間、 児童増のため平成2年度プレハブ教室2教室、続いて翌3年度にもプレハブ教室2教室を設置した。このプレハブ教室解消のためプールと体育館を移転しその跡に新校舎建設の予定が立てられた。プールと体育館の移転先は、昭和26年に建設された市営住宅を撤去した跡地である。
〇平成5年2月15日 新体育館竣工(竣工式5月7日)
〇平成5年6月15日 新プール竣工(竣工式7月9日)  新体育館・新プールともに平井学区将来の発展を象徴するかのように広く、 使用者に使い易くできており、 開校当時から比べれば、予想すらしなかった学校の充実発展である。
旧体育館と旧プールを撤去し、平成6年4月第4期新校舎建設を待っのみである。なお、現在の校地面積は幼稚園・市営住宅跡地を合わせ約1万8000㎡である。
岡山大学教育学部附属養護学校

岡山大学教育学部附属養護学校

岡山大学教育学部附属小学校及び附属中学校の特殊学級が、昭和40年度から 改組され附属養護学校として、岡山市門田の附属小学校・附属中学校の敷地內に新設された。現在地(平井3丁目914)に新校舎が完成し移転したのは昭和43年4月である。平井小学校と平井幼稚園に隣接するこの地は、教育的な環境に恵まれ、理想的な施設・設備のもと、充実した特殊教育がなされている。平井地区民の目にふれることは少ないが、登下校時などに接する児童生徒の助け合いの姿や、明るい態度で交通ルールを守り、正しく横断歩道を渡る子供たちを、ほほえましい光景として地域の人々は受け取ってる。このように精力的に指導しておられる先生方に尊敬の念を禁じえない。平成7年に創立30周年を迎える岡山大学教育学部附属養護学校は、関係の学校・学級に対して教育の方法や内容について、模範を示すことが使命として与えられており、岡山大学教育学部と連携した教育研究が深められている。
沿 革
〇昭和40年4月 附属小・中学校特殊学級を改組し、附属養護学校を岡山市門田に新設 小学部3学級 中学部3学級
〇昭和43年4月 岡山市平井3丁目914番地に新校舎完成移転 高等部1学級を新設
〇昭和45年3月 高等部校舎が中学部棟の南側に完成
〇昭和46年3月 ブロック作業棟を新設(ブロックマシン設置)
〇昭和47年3月 プール完成
〇昭和54四年3月 正面玄関前築庭・中庭の整備及び諸施設・設備完了
〇昭和60年10月 創立20周年記念式典挙行
〇平成5年11月 体育館竣工
山陽学園大学並びに短期大学
山陽学園は明治19年岡山市中山下に山陽英和女学校として発足し、現在女子中学校、女子高等学校、大学、短期大学並びに附属幼稚園をもつ総合学園を構成する。
山陽学園短期大学が操山丘陵の南麓、俗に西谷といわれていた平井1丁目14番1号の地に設立されたのは、昭和44年である。短期大学が設置されたことが地元地区の活性化にもなった。定期バスの便数も大幅に増便され、更に天満屋発が岡山駅発に改められるなど、地区住民に利便使をもたらしたことも大きい。約5万㎡にの美しいキャンバスには、緑があふれ、恵まれた環境の中に充実した施設が整っている。学園のシンボルであるカリヨンの塔から朝夕流れる懐かしいメロディーのベルの音(注)は、聞く人々に心の安らぎを与え、操山の緑をバックに落ち着きのある気品を秘めた学舎の眺めとともに、私たちの平井は、大学のある町という感を深くしてくれる。
(注)カリヨンのベルの曲目
  朝は学園歌
  昼と夕方は春夏秋冬にふさわしい曲
野バラ・おぼろ月夜・夏の思い出・夕焼けこやけ・楽に寄す・大きな古時計・菩提樹・冬の星座・喜びの歌・埴生の宿・ローレライ

山陽学園大学並びに短期大学

沿 革
〇昭和44年 短期大学開学。家政科を設置。初代学長上代晧三氏。
〇昭和45年 家政科を家政学科家政学専攻と家政学科食物栄養学専攻に分離
〇昭和46年 家政学専攻課程に専攻科を設置。
〇昭和47年 幼児教育学科を設置。食物栄養学専攻課程に専攻科を設置。
〇昭和49年 附属幼稚園を設置。

〇昭和50年 幼児教育学科に専攻科を設置。
〇昭和60年 福田稔氏が学長に就任。
〇昭和63年 国際教養学科を設置。
〇平成元年 創立20周年の記念式典を挙行。
〇平成2年 国際教養学科に専攻科を設置。
〇平成3年 家政学科食物栄養学専攻を改組し、食物栄養学科を設置。
      家政学科を生活学科に名称を変更し、生活学専攻と生活造形専攻を設置。
〇平成6年 山陽学園大学を開学。
      国際文化学部の中にコミュニケーション学科と比較文化学科を設置。

(つづく)

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