awalk20150601 of 内山下地区連合町内会2015

おかやまし でんしちょうないかい うちさんげちく れんごうちょうないかい

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国重文・岡山城西手櫓

平成27年6月1日 月曜日

城下町

お天気は晴れ,日中気温が31度の真夏日となりました。内山下小学校の校庭の西側に建つ岡山城西手櫓が県道岡山吉井線(城下筋)から望めるようになり半年が過ぎました。昨年末に7階建てのビルが解体され駐車場に変わりましたから,通りがかりの市民が立ち止まり見物するようになりました。そこで土地の購入者は案内板を設置,写真を入れて西手櫓の成り立ちや構造を解説しています。

案内板の全文
 西の丸は慶長八年(1603)に岡山藩主となった池田忠継が幼少であったため,代わりに岡山城に入った兄の池田利隆によって整備された曲輪で,櫓のその頃に建てられたものとみられています。西の丸はその後,広大な御殿が整備され,寛文一二年(1672)に隠居した池田光政をはじめ,隠居後の歴代藩主と家族が住みました。
 櫓の構造は塗り籠造り,二階建て。部屋は入母屋造り,本瓦葺で大棟両端に一対の鯱を乗せ,鬼瓦は池田家の家紋である揚羽蝶文で飾り,一階の西面には唐破風が設けられています。一・二階とも桁行(南北)五間(10.36メートル),梁間(東西)三間半(7.27メートル),の平面は長方形で,棟高三五尺(10.60メートル)です。
 一階は城外側(西)壁面には壁から張り出した石落とし(俯射装置)と格子窓が二か所設けられ,南北両端に入口,東面には二か所の小窓が設けられています。内部は土間で梁材がむき出しのままの簡素な造りで,武器や兵糧の保管場所としての性格がうかがえます。
 二階は南・西・北の三面は堅牢な格子付の出窓を設けて城外への視界を確保し,内部も板張りの廊下を設けて守備兵が迅速に動けるようになっていますが,東面(城内側)の窓は広く開放的で障子や雨戸が入り,内部は座敷になって天井板も張られ,床の間や押入れも設けています。
 こうした造りは戦乱の危機が低下した時期になって改装された結果と考えられますが,戦闘防御と日常生活の両方の性格を兼ね備えた構造となっています。
 岡山城にはかつて天守閣のほか三十四基の櫓がありましたが,現在では本丸の月見櫓と西丸西手櫓を残すのみです。 株式会社ウェーブハウス

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おもしろ町内会めぐり

平成27年