2006年(平成18年)7月28日
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XV 蚊に刺されないように

「ねぶたしと思ひて、臥(ふ)したるに、蚊の細声(ほそごえ)に名のりて、顔のもとに飛びありくは、羽風(はかぜ)さえその身のほどに、いとにくけれ」
 これは、枕草子の一節です。平安時代、清少納言も、蚊に悩まされていました。
蚊は、恐竜時代よりずっと生息しており、映画「ジュラシックパーク」のテーマともなりました。人類は誕生以来、蚊に悩まされつづけてきたわけです。マラリア、フィラリア、黄熱病、デング熱、日本脳炎、ウエストナイル熱(脳炎)などの運び屋として、蚊は、人類の歴史を大きく左右してきました。
 夏は、蚊が最も発生する季節です。蚊に刺されないためには、蚊の生態を知ることが一番です。もちろん、蚊に刺されないのが、病気の予防につながります。
 今回は、蚊対策につき考えてみました。
                 
  
1) 蚊の種類
6月のガーデンに咲く満開のなでしこ


 全世界では、蚊は3146種類もいます。これだけ種類が多いのも、蚊が各地の環境に適応し、太古から進化をつづけている証拠です。
 私たちの身近にいる代表的な蚊は、
ヒトスジシマカ:小型で黒色。胸背に一本の白い縦スジがあります。やぶや郊外住宅の庭などに住むヤブカで、昼間に吸血します。
 雨水のたまった空き缶、古タイヤ、竹株、お墓の花立などの小水域から発生します。移動距離は、約100mで、餌がくるのを待ち構えて、吸血するタイプです。
アカイエカ:胸部が淡赤褐色で、体長5.5mmほどの中型。住宅地に多く生息し、夜行性で、室内へ入って、夜、吸血します。吸血後は、体が重くなって飛べないため、しばらくは家の壁などにとまって、水分を排出し、血液を濃縮しています。
 発生源は、側溝、防火用水、汚水槽などの中水域です。
チカイエカ:都市に住む蚊。アカイエカに似ています。低温につよく、冬でも活動し、吸血します。水洗トイレの浄化槽、ビルの地下のたまり水、地下鉄の線路際の溝などに1年中発生します。
シナハマダラカ: 翅(はね)に、黒白のまだらがあります。発生源は、水田や湖沼などの大水域です。牛や馬などの大動物からよく吸血しますが、夜間、家の内外で人も刺します。また、移動距離も長く、餌をもとめて、時には1kmも飛んでいきます。

2) 蚊の一生

 蚊は、卵の時期が1~2日、ボウフラの時期が7~10日、サナギ(オニボウフラ)の時期が2~3日で、成虫となります。成虫の寿命は、ふつう10数日~1ヶ月くらいですが、イエカの仲間は、冬は成虫のままで、越冬します。
 オスもメスも、普段は花の蜜や樹液などを餌にしていますが、メスは、産卵前に、吸血します。受精卵の発育に、血液の栄養が必要なためです。
 朝や夕方などに、立ち木や煙突などの傍で、時々、蚊柱をみかけます。蚊柱は、オスが集まって、群飛しているものです。その羽音を聞いて、メスがその中に飛び込んできて、交尾し受精します。
 受精後、メスは、吸血鬼となるのです。

3) 蚊の能力

 蚊が、人間を探し、吸血する能力は、すごいものです。まさに、マイクロコンピューターを満載したステルス戦闘機です。
 人を探すために
①炭酸ガスセンサー ②動物の匂いセンサー ③体温センサー ④湿度センサー ⑤複眼(紫外線もみえます) などを、総動員しています。
 離れている時は、炭酸ガスや匂いの濃度勾配にそって、近づいてきます。近づくと、体温、湿度、動きなどを感じ、目標にそっと取り付き、吸血します。
 蚊の針は、1本のように見えますが、実際には、6本の管が集合したものです。のこぎりの刃のような、皮膚を切る(正確には、刺すのではなく、切るのです)のが4本、皮膚を麻酔し、血液がかたまらないような唾液を注入する管が1本、そして血を吸う管が1本です。
 皮膚の内の血管を探す能力にもすぐれており、ほぼ確実に、血管内に針を刺します。真皮内で、血管の割合は、1~2%程度しかありませんが、血液中の赤血球に含まれるATP(エネルギー物質)を目安に血管を探りあてます。
 吸血後、唾液の影響で、皮膚は赤く腫れ、つよいかゆみが生じますが、もうすでに終わった後です。唾液注入開始から、人間がかゆみを感じるまでの時間は、通常3分です。

4) 蚊が媒介する病気

 蚊が媒介する病気は、マラリア、フィラリア、黄熱病、デング熱、日本脳炎、ウエストナイル熱(脳炎)などで、蚊の唾液中に病原体が含まれています。
 これらのなかで最も多いのは、マラリアで、全世界で年間3~5億人がかかり、うち300万人が死亡しています。日本でも、年間100人前後の患者さんがでています。蚊に1回刺されただけで、感染が成立します。
 アフリカや東南アジアなどに旅行する時には、蚊に刺されないように注意が必要です。
 今後、日本で流行が予想されているのは、ウエストナイル熱(脳炎)です。従来、アフリカや西アジアの病気でしたが、1999年アメリカへ飛び火し、現在、アメリカ各地で流行しています。脳炎になると、10%前後の死亡率といわれています。先日、日本で初めての患者さんがみつかりましたが、旅行先のアメリカで感染したものでした。蚊は鳥からも吸血しますので、感染した鳥が各地へウイルスを拡げているのです。

5) 蚊に刺されないために

 蚊に刺されないためには、蚊のもつ多彩なセンサー機能を、できるだけ刺激しないことです。そのためには、
炭酸ガスを増やさない:人間の呼気からでる炭酸ガス量は、250ml/分といわれており、実験的には、蚊が炭酸ガスを感知する距離は、15mほどです。しかし、 ビール、コーラ、ラムネなどの炭酸飲料を飲むと、炭酸ガスの量が増大し、より遠距離から蚊が集まってきます。
匂い物質を増やさない:最近の研究で、匂い物質として、乳酸が特定されました。体表からも、乳酸がでています。乳酸は、疲労物質としても有名です。疲れたときには、蚊が寄ってくるかもしれません。
体温をあげない:蚊が最もよく反応する温度は、26~32℃です。人間の体から、対流熱が40cmくらいは、立ち昇っています。
汗をかかない:実験的に、汗をかく人の方が、刺されやすいことが判っています。蚊は、湿度にも反応しているのです。
白っぽい服装を:黒い服と白い服とでは、黒い服のほうが4~5倍、蚊が集まったという報告があります。服の色は、白っぽい方が刺されにくいのです。
 また、長袖、長ズボン、手袋などの着用や防虫ネットの利用も有効です。
動かない:蚊は、動視覚に鋭敏で、動くものの方に多く集まります。 
忌避剤を使う:蚊取り線香や蚊よけスプレーなどは有効です。超音波撃退器は、効果がありません。
家の内へ蚊をいれない:夏の夜、窓を開けるなら、網戸は必需品です。
アフリカでは、殺虫剤入りの糸で編んだハイテク蚊帳(日本製)が重宝されているそうです。

6) 蚊を減らすには

 蚊を減らすには、蚊の発生源を減らすことです。
 昨年、自宅の庭で、ある実験をしてみました。黒っぽいバケツを3個用意し、1個には、雨水のみ、2個めには、雨水+落ち葉、3個めには、雨水+3%砂糖(蚊の成虫の飼育につかう濃度)を入れ、並べて置いてみました。
 さて、どのバケツに、最も多くボウフラがわいたと思いますか?
結果は、雨水+落ち葉でした。ボウフラは、水中の微生物や落ち葉などを食べて大きくなるのです。
 以来、わが家では、雨水+落ち葉のバケツを、庭の3箇所に置いておき、1週間毎にひっくり返しています。ボウフラの発育期間は、1週間~10日ですので、おとりの水に発育したボウフラは、絶滅できます。
 その他、空き缶、古タイヤなど、水のたまる物をできるだけ無くすことが、ヒトスジシマカなどの小水域に発生する蚊を減らすことにつながります。
 アカイエカなどの中水域に発生する蚊に対しては、排水路の泥やヘドロを取り除き、流れをよくすることが有効です。
 シナハマダラカなどの大水域から発生する蚊に対しては、個人の努力では限界があります。水田の場合は、散布された農薬が有効といわれています。

7) マラリアの戦略

 最近の遺伝子研究では、ヒトに感染するマラリア原虫は、今から7~11万年に出現したそうです。現生人類が出現したのが、15~20万年前ですから、人類が出現して、まもなくという事になります。
 また、マラリア原虫は、単細胞生物ですが、細胞内に葉緑素の痕跡も発見されました。昔は、光合成をおこなっていたのです。
 すべての生物の最大の目的は、子孫を残すことです。そのために、マラリア原虫のとった戦略は、蚊の吸血本能を利用することでした。植物のように、太陽光を利用するよりは、ヒトに寄生したほうが、子孫を残せると考えたのです。その手段として選んだのが、太古から生きてきた蚊でした。
 この戦略は、大成功でした。人類の繁栄にともない、マラリアも大繁栄しています。これから、地球が温暖化して、もっと蚊がふえれば、マラリアの望みどおりなのでしょうね。