2005年(平成17年)11月28日
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Ⅶ 安全な入浴法

 日本人は、世界的にみてもお風呂ずきの民族です。江戸時代の銭湯から、現代の温泉にいたるまで、お風呂は健康増進だけでなく、保養やコミュニケーションの場として発展してきました。しかし、入浴法を間違えると、事故の多い場でもあります。とくに、12月~2月が1年のうちで、最も入浴に関連した死亡事故の多い時期です。安全な入浴法について考えてみました。

1) お風呂での事故

萩の花が満開
 東京都老人総合研究所の統計では、年間1万人もの人が風呂場で亡くなっています。これは、交通事故の死者よりも多い数字です。
 その原因は、脳卒中、心筋梗塞、失神やうたた寝による溺水などです。また、年齢的には、80%が高齢者です。
 学生時代の法医学の講義で、入浴中のうたた寝が原因で溺死した中年女性の写真をみた記憶があります。うつぶせに水中につかった顔の周囲が泡だらけになっているのが印象に残っています。
2) 入浴の血圧への影響

  入浴すると、血圧は上がり、その後ゆっくりと下がってきます。お風呂から出ようと立ち上がると、血圧は急に下がります。この血圧の変化は、ぬるま湯でもおこりますが、熱い湯だとさらに顕著となります。
 
熱い湯にはいると、血圧は200/ mmHgを超えることがあり、脳出血の危険性が高くなります。
 また、
立ち上がる時には、血圧が急に下がるため、失神、脳梗塞、心筋梗塞、不整脈などがおこりやすくなります。浴槽内で倒れると、溺死につながり、さらに危険です。

3) お風呂の消費カロリー

 40℃のお湯に、10分間つかると、150Calを消費します。これは、30分歩いたエネルギーに相当します。
 ただし、筋肉をつかっていませんので、運動のかわりにはなりません。

4) 入浴前にかけ湯を

 いきなりお湯にはいると、血圧が急に上がります。お湯に入る前に、必ずかけ湯をして、身体を慣らす必要があります。
 かけ湯は、心臓から遠い手・足から始めて、下半身を洗い、上半身へもかけておきます。

5) ぬるま湯で

 昔、江戸の火消し衆は、熱い風呂にサッととびこみ、サッとあがっていました。いわゆるカラスの行水ですが、これは、交感神経を瞬時に刺激して、身体をシャキッとさせるのに効果があったと思われます。しかし、急激に血圧が上がるので、危険な行為です。
 お湯の温度は、夏は38℃、冬は40℃くらいが適温です。42℃を越えると、血圧への影響が大きくなります。湯温計を用いて、お湯の温度をはかる習慣が必要です。湯温計は、いのちを守る温度計です。

6) 半身浴を

 アメリカ人の入浴法は、バスタブに膝の高さまでお湯をはり、シャボンを泡立てて、身体を洗い、あとはシャワーで流すだけです。
 日本人は、昔から座浴で、ゆっくりとお湯につかり、身体を温める習慣がありました。ただ、頚までお湯につかると、水の圧力でお腹は3~5cmも縮みます。足やお腹から、心臓へ還る血液が増え、心臓の負担となります。
 胸までお湯につかる半身浴が、最も負担の少ない姿勢です。肩が冷える時には、時々お湯をかけたり、タオルをのせておけばいいのです。ゆったりお湯につかっていると、自然に芯から身体が温まってきます。10~15分間は、お湯につかっていましょう。

7) お湯のなかでストレッチを

 お風呂にじっとつかっているだけでは、もったいないと思う方には、ストレッチ体操がおすすめです。入浴中は、浮力で身体が軽くなり、さらに温めることで、痛みも軽くなっています。抗重力筋などの身体を支える筋や関節周囲の大きな筋をリラックスさせることができます。
 入浴中のストレッチ体操は、関節周囲の小さな筋(インナーマッスル)を活性化し、腰痛や膝関節痛に効果があります。

8) お湯からでる時に

 お湯からでようとして、立ち上がったとき時が、一番血圧が下がります。失神などをおこさないために、ゆっくり立ち上がる、浴槽縁を支えにして立ち上がる などの注意が必要です。くれぐれも大浴場の真ん中で、いきなり立ち上がったりしないようにして下さい。これは、各地の温泉場で、日常よくある事故です。

9) 湯あたりと湯冷め

 湯あたりは、入浴による水分喪失が原因で、倦怠感、頭重感、食欲不振などが出現したものです。入浴中は、発汗も多く、血管も拡張しています。脱水予防のため、入浴前後に、コップ一杯の水を飲むのが有効です。
 湯冷めの原因には、二つあります。ひとつは、熱い湯に入りすぎたため、皮膚の血管の拡張がつよく、熱が放散してしまうためです。
 もうひとつは、身体が濡れたままで、放置していることです。水が、蒸発する時には、586Cal/Lもの熱を奪います。とくに頭を洗ったあとは、よく乾かすことです。また、身体が濡れたままで、下着を着ないことです。

10) 風邪の時の入浴

 少々の風邪なら、入浴してもかまいません。ただし、入浴にはかなりのエネルギーを消費します。また湯冷めの問題もあるので、熱がある時(37.0℃以上)には、入浴はひかえましょう。

11) アトピーやドライスキンの方は

 入浴中は、皮膚の角質から水分保持因子が失われ、入浴後には皮膚が乾燥してきます。とくに、熱いお湯ほど乾燥が顕著となります。アトピーなどの乾燥肌の方は、ぬるま湯(38℃前後)で、短時間の入浴が適正です。
 また、ナイロンタオルは、皮膚への刺激がつよいので使わない、石鹸の使用は頚、腋の下、股、足などの汚れやすい部位だけにする、入浴後15分以内に保湿クリームをぬっておく などの対策が必要です。

12) その他の注意

①入浴すると、皮膚の血流量は何倍にも増えますが、その分、胃腸の血流は減少します。従って、食直後の入浴は食物の消化、吸収が悪くなるのでさけましょう。
②アルコールには、利尿作用があり、さらに血管が拡張するため、血圧が下がります。入浴前にのむと事故につながります。お酒は入浴後に飲みましょう。
③冬になると、脱衣場や浴室が冷えており、裸になると血圧があがります。前もって部屋を18~20℃に温めておく必要があります。また、高齢者の方は、一番湯を避けるのが賢明です。
④お風呂で温まると、寝つきがわるくなります。眠気は、身体がいったん温まったあと、少し冷えたときにでてきます。少なくとも、寝る1時間前には、入浴しておきましょう。
13) 江戸の銭湯

 江戸時代の初期は、蒸し風呂でしたが、中期頃より一階に湯屋、二階に座敷のある銭湯がつくられるようになりました。二階では、お風呂上りに、碁をしたり、和歌を詠んだり、お菓子を食べたりしていました。銭湯は、リラックスする場だけでなく、社交の場、情報交換の場、教育の場などの機能もありました。
 また、江戸時代の銭湯は、混浴で有名ですが、男は湯どし(入浴用のふんどし)、女は湯文字(入浴用の腰巻)をつけていました。江戸中期からは、湯槽につかるようになり、裸ではいるようになりました。ただ、ざくろ口という低い入り口をくぐって、奥にはいるため、内部はかなり暗く、人の顔もはっきりと見えなかったようです。
 また、銭湯でお見合いをしたという話も残っています。裸で見合いをするという話は、トーマス・モア(16世紀のイギリスの思想家)の描いたユートピア(理想郷)にもでてきます。中世の西洋人が夢にまでみた理想郷が、日本では、江戸時代に現実に実現していたのです。すごいと思いませんか。